ACIDMAN@さいたまスーパーアリーナ

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朝から続いた雨によって冷え込んだ本日、にもかかわらず会場には半そでのバンドTシャツを着込み、嬉しそうに開演を待つ観客が溢れていた。「15th&10th Anniversary Tourr」、つまりバンド結成から15周年、デビューから10周年を記念して行われてきたツアーの、国内最終日なのだから、それも当然なのかもしれないが、やはりそうしたファンの情熱を目にするとグッとくるものがある。なお、「国内最終日」と書いたとおり、バンドはこの後4月21日に台湾のThe Wall TAIPEIでのライヴを控えている。それゆえ、具体的な曲順などの記載はできるだけ避けるが、曲名や演出については触れていくので、行かれる方はご注意を。

今日のライヴが始まって、まず驚いたのが、このサイズの会場としては有り得ないくらいの音の良さ。楽器の良さ、腕の良さだけでは、機材や設備の完璧な調整なしには、間違いなくあの響き方はしないはず。また、メンバーの演奏を映し続けていたスクリーン映像の、そのまま一流のロック・ムービーになりそうな画質とカメラワークも圧巻だった。それらはつまり、彼らだけではなく、彼らを取り巻くスタッフもまた、本気で今日という日を最高の一日にしようと努力したということだと思う。シーンに対し、ファンに対し、何より自分たちに対し誰よりも真摯であり続けたバンドだからこそ、そうしたスタッフやファンが集まったのだ。もちろん、そんな彼らの誠実さは、今日のステージでも全開になっていた。大木伸夫(ヴォーカル/ギター)の「各地でみんなにおめでとう、ありがとうと言われました。そうではなく、今日は僕たちの方から感謝するライヴです」というMC(実際、今日大木は曲が終わる度に何度となく「ありがとう」と言っていた)や、“Your Song”での開演前に撮られたファンの写真をバックスクリーンに無数に映しだす演出には、いかにも彼ららしさを感じた。
それ以外にも、ACIDMANのライヴなので当然(と言えるのが凄いが)、映像を使った優れた演出が沢山あった。中でも感動したのが、“リピート”。引き延ばされた前奏の中≪何を手に入れた?≫というラインを繰り返すアレンジで始まったこの曲の終盤、≪無くして またくり返して≫という絶唱に合わせて、日本の春夏秋冬における美しい風景が次々と映されていったのだ。この国の、傷だらけの今だからこそやった、やるべきだった表現である。口で言うよりも上手く、広く届けるために音楽を、音楽をより確実に伝えるためにそこに映像を、という彼らの姿勢があそこに極まっていたように思え、胸が熱くなった。

ACIDMAN@さいたまスーパーアリーナ
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本当に全編を通して完璧と言いたくなるくらい安定していた演奏面において、中でも目を見張ったのは、大木による静謐な弾き語りから始まり徐々に熱を高めていった“イコール”だった。1人1人の演奏が上手いのはもちろんだが、加えて、3人の音圧を高めるタイミングに微塵のズレも生じていなかったのが凄まじかった。演奏中にスクリーンに映された浦山一悟(ドラムス)の笑顔が印象的だったが、そりゃ笑いもこぼれると思う。あんなグルーヴ起こせたら。また、フロアから悲鳴のような歓声が上がったのは、久しぶりに演奏されたという“酸化空”、“to live”という初期曲たち。特に、メタリックなリフと猛進するビートが文句なしに痛快な後者は、今後もツアーの見せ場として使えるんじゃないかと思えるほどの格好良さと盛り上がりだった。

万物の流転の中で今こうしてここにいるという奇跡、ここに生きていること自体が持つ意味と価値。そういったことばかり考えていて、今までこういうことしか歌えていないし、これからもこういうことしか歌わないと思う。そうした考えに黙って付いてきてくれているメンバーやスタッフ、そしてファンには本当に感謝している。ここに集まれたことが、俺の、俺たちの1つの証明だと思っている。
これは概要だが、大木のこのようなMCに続いて演奏された“ある証明”は文句なしに今日のハイライトだった。間奏中の、彼の言葉にならない絶叫が象徴していたけれど、演奏の熱が、最初のサビでピークに達してから最後まで、爆発しっ放しだった。フロアもそれに応えるように声や動きを激しくしていき、広い会場が1つの巨大なエネルギーの塊となっていた。バンドにとってとても重要なこの曲を、この大一番に演奏し、それが最高の出来になってしまう。繰り返しになるが、そんな幸福が当たり前のように起きるのも、彼らの歩んできた妥協なき道のりゆえ、である。

今のシーンを見渡せば明らかなように、ACIDMANの音楽が持ついくつかの要素は、無数の後続バンドたちに絶えず抽出されてきている。しかし、ACIDMANの音楽性そのものを継承できたバンドは未だ1つとて現れていない。こうした、孤高の位置にも、最前線から一歩退いたところにもいかないでシーンを引っ張り続けるというのは、ロック・バンドにとって1つの理想的な在り方だと思う。もし彼らがいなかったら、という仮定さえ成り立たないくらい、重要な日本のロックの背骨として今の彼らは存在している。もちろん、今日大木も言っていたように、これから益々上を目指して活動していくことになるのだろうが、今日のところは、言いたい。おめでとう、本当に偉大なバンドになった、と。(長瀬昇)
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