星野源の“ドラえもん”MVからは「ドラえもんに育まれた星野源」が伝わってくる

星野源の“ドラえもん”MVからは「ドラえもんに育まれた星野源」が伝わってくる


ああ、もう『映画ドラえもん』の季節ですか。2月19日にミュージックビデオが公開された星野源の新曲“ドラえもん”(『映画ドラえもん のび太の宝島』主題歌)は、アニメ作品の世界観に深く入り込む、古典的なアニソンの作風を踏襲していた。背景セットには、襖の向こうの押入れや、土管の積み上げられた空き地。ピンク色を基調にしたバスルームは、間違いなくしずかちゃん宅のそれだろう。

間奏部分のハーモニーコーラス(ビデオでは2分18秒あたりから)には“ぼくドラえもん”のメロディがモチーフ的に用いられ、《落ちこぼれた君も 出来すぎあの子も》、《台風だって 心を痛めて/愛を込めて さよならするだろう》といった『ドラえもん』ファンのツボを突く歌詞も周到に仕掛けられている。《少しだけ不思議な 普段のお話》という歌い出しは、藤子・F・不二雄の創作概念であるSF(SUKOSHI FUSHIGI)を汲んでいることも話題となっている。

ワンピースの衣装に身を包んでユーモラスに踊りまくるELEVENPLAYメンバーと、眼鏡姿の星野源。何よりも楽曲タイトル自体がストレートに“ドラえもん”なのだから、もはや誤解のしようもない『ドラえもん』ワールド全開のビデオと言えるだろう。『ドラえもん』の気配を感じさせるというよりは、親切すぎて露骨なほどかもしれない。

しかし、『ドラえもん』らしいトボケたイントロから急展開する星野源の“ドラえもん”は、歌詞やメロディや背景セットをフル稼働させて原作への思い入れをこれでもかと伝えているからこそ、むしろ星野源節の作品として「ドラえもんの気配」を追い抜いてしまうところがある。星野源の“ドラえもん”という楽曲は、そしてこのミュージックビデオは、「ドラえもんの気配」よりも、星野源の作家性を強く浮かび上がらせてしまうのだ。

『ドラえもん』の傑作エピソードとして知られる『さようなら、ドラえもん』では、ドラえもんの不在がのび太の感動的な成長物語を規定していた。そして『大長編ドラえもん』シリーズを原作に始まった映画版『ドラえもん』の冒険活劇において、落ちこぼれであるはずののび太は、多くの場合ヒーローとして描かれてきた。永遠の副主人公であるのび太が、こと映画作品においてはドラえもんの存在感を超えてしまうほどの決定的な活躍を見せることもある。ならば、眼鏡姿の星野源は、果たしてどうだろうか。

“ドラえもん”ミュージックビデオの最後に聴こえてくる「ドラえもんのニューシングル、『星野源』!」という言葉は、あながち冗談とも思えない。かつてタモリは、赤塚不二夫への弔辞を「私も、あなたの数多くの作品のひとつです」と結んだ。“ドラえもん”のミュージックビデオは、「星野源が描いたドラえもん」というより「ドラえもんによって育まれた星野源」をビビッドに伝えている。巧みに描かれた「ドラえもんの気配」こそが、星野源というアーティストを完璧に規定しているのである。

眼鏡姿の星野源は歌う。《いつか 時が流れて 必ず辿り着くから/君をつくるよ/どどどどどどどどど ドラえもん》。壊れたドラえもんを修理するために猛勉強をして、いつしか優れた博士となったのび太がドラえもんを創造する、というファン創作の秀逸なストーリーをご存知だろうか。『ドラえもん』に育てられたファンは、いつしかドラえもんを生み出すのかも知れない。星野源の“ドラえもん”は、世界中のすべてののび太のための歌である。(小池宏和)

星野源の“ドラえもん”MVからは「ドラえもんに育まれた星野源」が伝わってくる - 『ドラえもん』『ドラえもん』
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