Base Ball Bearの小出祐介(Vo・G)が、ソロでもなくバンドでもなくユニットでもなくグループでもない新音楽プロジェクト「マテリアルクラブ」を始動させる。バンドという形に強いこだわりをもってきた彼が、Base Ball Bear以外で、しかも客演やプロデュースなどではなく自身発で音楽をやるというのは、とても大きな驚きだ。このニュースを見ただけの段階では、どんな音や言葉を繰り出してくるのか全く見当もつかなかったし、ひたすら衝撃を受けたというのが正直な話である。
しかし一方で、2016年3月にギターの湯浅将平が脱退して以来、Base Ball Bearおよび小出のサウンドメイクが少しずつ変化しているのもまた事実だ。3人体制となって初のアルバム『光源』は、それまでバンドが禁じ手としていた打ち込みやシンセサイザーなどをふんだんに用いて作り上げられた作品だし、さらにはベースの関根史織が昨今のライブでチャップマンスティックという楽器を使用しており(ギターのような音とベースのような音をこれ1本で弾けるという何とも不思議な楽器である)、これまでにはなかった斬新なアレンジをステージ上で繰り広げている。その音楽的な自由さを思えば、今回小出がプロジェクトを立ち上げたのも合点が行くが、彼はかつて「メンバーが鳴らす音だけで作曲する」という縛りを自らに設けていたため、これほどまでフリーに音楽制作を行うようになるとは……と、そのギャップにとにかく驚きなのである。
そんな中で配信された、マテリアルクラブのファーストソング“00文法”。注目すべきは、この楽曲がヒップホップ調なところだろう。同曲は、電子音と生音のそれぞれの味が活きた音像の上に、小出の洗練されたフロウがリズミカルに乗っていくという、従来の彼のファンにとってはとても新鮮に聴こえるであろう作品だ。特に韻の踏み方や単語の切り方、抑揚、パンチラインでの力み方、ふと入ってくる歌もの的な甘いボーカルが秀逸で、感嘆のあまり息を呑んでしまうほど。もともと小出はヒップホップを慕ってきている人物だが、彼一人のボーカルで、ここまでそのジャンルに踏み込んだ作品は過去なかったと思う。またただその音楽を慕っているだけではなく、そのスキルをきっちりと血肉化しているあたりに、小出の手腕の凄さを思い知る。
加えてリリックも素晴らしい……というか、新境地に踏み入っている感すらある。というのも、彼の音楽家としての出自や立ち位置や理念や希望が、今までにないほどストレートに曝け出されているからだ。人類と文明が消滅したあとの世界の、荒廃した校庭に投げ出された机に、自分の考えたフレーズが彫られていたら――という想像をしたり、ロックバンドを率いながらヒップホップをやる自分がどう見られようとも、《次の時代の文法》を作り出せると信じてやっていく――と語ったり。過去の曲にも彼のアーティストとしての私情が歌われたものはあるけれど、今作にはまるで彼の頭の中を覗いているかのような桁違いのリアリティと、そのリアルさ故にさらにくっきりと浮かび上がる強固な信念や願いがある。サウンドこそ大きく変化したものの、彼の音楽に対する情熱は相変わらず滲み出ているし、未来の音楽・アーティストに対するまなざしも新たに感じ取れるし、変わらず心を撃ち抜かれるのだ。小出のソングライティングの卓越性を改めて確認できるのと同時に、新たな扉が開かれたとも感じる。それが、“00文法”の個人的な所感である。
マテリアルクラブのコンセプトは、「作りたいものを、作りたいときに、作りたいだけ作ります」といったマイペースなものだが、このファーストソングの段階からとてつもない気概を感じる。11月には早くもアルバムが出るとのことだが、スタート地点がこんな感じだったら、いったいアルバムはどうなってしまうのだろうか? とにかく彼の新しい音楽表現を、今後も楽しみに待ち続けたい(もちろん、現在制作中だというBase Ball Bearの新譜も)。(笠原瑛里)
新プロジェクト「マテリアルクラブ」が示す、Base Ball Bear・小出祐介の新展開とは
2018.09.19 17:50