宇多田ヒカルがアジアの気鋭ラッパーとのコラボ配信シングルで伝えるもの

宇多田ヒカルがアジアの気鋭ラッパーとのコラボ配信シングルで伝えるもの - 『Too Proud featuring XZT, Suboi, EK (L1 Remix)』『Too Proud featuring XZT, Suboi, EK (L1 Remix)』
国内ツアーとしては実に12年ぶりとなる「Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018」(一般公開ライブとしても約8年ぶり)をスタートさせた宇多田ヒカル。そのツアー初日にあたる11月6日には、配信シングル『Too Proud featuring XZT, Suboi, EK (L1 Remix)』がリリースされた。タイトルどおり、アルバム『初恋』収録の“Too Proud featuring Jevon”をリミックスしたナンバー(オリジナルバージョンもカップリングされている)だが、このリミックス曲の意図について、考えてみたい。


キャリア初期から、宇多田はシングルやアルバムにリミックス曲を収録するケースがよくあったし、それ自体は珍しいことではない。“Beautiful World(PLANiTb Acoustica Mix)”や“光 -Ray Of Hope MIX-”のように、リミックスバージョンが大きな注目を集めることもあった。ただ、“Too Proud featuring XZT, Suboi, EK (L1 Remix)”では、アジアの気鋭ラッパー3人が迎えられることで、意地を張り合いすれ違う二人の思いが描かれていた“Too Proud featuring Jevon”の、歌詞の意味が押し広げられている点が重要だろう。恋の倦怠感に囚われた二人の平行線を辿る思いは、どうやら万国共通らしい。

宇多田の歌唱パート《側に居る人よりも/知らない人の視線/触れられたいだけ》から始まる“Too Proud featuring XZT, Suboi, EK (L1 Remix)”では、中国のラッパーであるXZT、ベトナムのラッパーであるSuboi、そして韓国のラッパーであるEKが、それぞれに母国語(英語も含まれてはいるが)で“Too Proud featuring Jevon”という楽曲の主題を汲み取ったリリックを綴り、共感が拡散する過程を描き出している。

たとえば、XZTは中国語で《冷到了冰点的关系 自尊心攀比 我看得清楚/黑夜里少了点温度 两个人感到了辛苦》(氷点まで冷めきった関係 プライドの張り合い 俺は良く見えている/夜の温もりが消えていく 二人でいることが辛くなった)とラップし、Suboiはベトナム語で《Yêu nhau lâu,/Đôi môi ấm lên chưa được mấy câu》(長く愛し合っていた私たち/唇を重ねても、まだ言葉で伝えることができないよ)といった描写を用いている。それぞれに母国語のトーンを尊重して感情が吹き込まれたリリックは、個々の言い分を際立たせながら響いていると言っていいだろう。

そもそも、オリジナルバージョンでゲストに迎えられていたJevonはUKの新人ラッパー/トラックメイカーであり、一般的にありがちなビッグネームとのコラボレーションによる話題作りを目的としていなかった。そして今回迎えられたアジアの3人のラッパーたちも、XZTは自身のグループであるStraight Fire Gangとして、またEKはMBA(Most Badass Asian)の一員として、それぞれに母国では人気を獲得しているものの、世界的にはまだ認知度の低いアーティストである。

※Straight Fire Gangのデビューアルバム『These Kids Climbing Wall』はSoundCloud上でフル公開されている。また、SuboiとMBAの最新トラックについても、それぞれ動画で紹介したい。



“Too Proud featuring Jevon”のトラックメイキングは宇多田と小袋成彬による共作だったが、“Too Proud featuring XZT, Suboi, EK (L1 Remix)”ではプロデューサーユニットのiivvyy、そしてドラマー/プロデューサーのTepppeiといった世界を舞台に活躍するアーティストたちが迎えられ、自らの楽曲を新進気鋭アーティストが活躍する「場」として提供する姿勢が窺える。つまり、楽曲のテーマをもとに対話の範囲を押し広げながら、言わば「次世代の音楽シーンをプロデュースする」試みが果たされているのである。

かつて一人きりで多くの楽曲を手がけていた宇多田ヒカルは、音楽活動再開後、国内外のアーティストたちと積極的にコラボレーションをするようになった。きっと彼女自身もそれを楽しんでいるのだろう。そして本作では、今後10年、20年先のポップミュージックを見据えるように、気鋭アーティストが広く知られる機会を生み出そうとしている。未知の才能をキャッチするアンテナの感度の高さを引っくるめて、ポップミュージックの遊び方・楽しみ方を提示してみせる、そんな宇多田ヒカルの今が浮かび上がってくる作品だ。(小池宏和)
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