星野源が“うちで踊ろう”で伝えた音楽の力、そして今「それぞれの場所で」生み出される希望について

星野源が“うちで踊ろう”で伝えた音楽の力、そして今「それぞれの場所で」生み出される希望について
4月3日、星野源がInstagramに自身がアコースティックギター1本で歌うシンプルな動画を投稿した。“うちで踊ろう”と題されたこの楽曲は、その歌詞も同時に投稿されていて、さらに「誰か、この動画に楽器の伴奏やコーラスやダンスを重ねてくれないかな?」と呼びかけていた。

世界中がこれまで経験したことのない状況に陥り、日本でも学校がしばらく休校になったり、仕事はできる限りリモートワークで行うことが推奨されたり、人々の生活はどんどん内向きになっていった。そんな状況にとてもナチュラルに風穴を開けてくれたのが、この“うちで踊ろう”の試みだった。
“うちで踊ろう”は、音楽というものの楽しみ方を、それぞれがそれぞれの向き合い方で噛みしめるための楽曲でもあった。星野が呼びかけた「誰か」は、特にミュージシャンに限定したものではなく、もちろん有名無名は問わず、文字通り誰でもが思い思いの方法で星野源とコラボレーションできるという、フルオープンな企画だったのだ。ある意味それは勇気のいることだったはず。Rawな弾き語りの元歌をフリーで提供して、その歌に自由に様々な表現が付け加えられるということ──それが素晴らしいコラボを生むこともあれば、不本意なものが出来上がることもあるなんてことも、きっとハナから覚悟していただろう。けれど、それを悩んで躊躇していたら、この取り組みが持つ意義はその力を半減させてしまうかもしれない。正直、このタイミングでこの投稿がなされたことが、とてもありがたかった。そう思ったのは私だけではないはず。

生活の中に音楽があるということ。それぞれの心や頭の中で鳴る音楽があるということを改めて考えたりもした。多くの人のコラボをSNS上で楽しみながら、そもそも音楽とはまず自分ひとりで楽しむものであったということを思い出したし、自由に楽しんでいいのだということを改めて実感した。素晴らしいコーラスで楽曲を彩った青山テルマ、ダンスと歌声で楽しませてくれた三浦大知、小気味好いラップで楽曲を膨らませたSKY-HIなど、多くのアーティストたちのコラボはもちろんのこと、岡崎体育のトライアングル(結局鳴らさない)や、大泉洋の単なるボヤキ、バナナマンの顔芸など、自由な投稿を見るにつけ、音楽とはどんな楽しみ方でも、どんな向き合い方でもOKというポジティブなイメージが共有されていったように思う。星野源の歌を受け取って、自分の生活や思いや表現をそこに重ねて「自分の歌」にするということは、つまりはポップスの在り方そのものを表現しているのではないか、なんてことも思ったりした。

この曲の歌詞は多言語に翻訳されて、そのコラボの輪は世界にも広がっていった。英語でのタイトルは“Dancing On The Inside”。“Dancing at home”ではない。星野自身もその点については言及していたけれど、この曲は決して「家にいよう」、「外出ダメ!」と一元的に伝えるものではないということを、多くの人の自由なコラボ動画で実際に感じることもできた。もちろん今、家にいることが可能な人はできるだけ外出は控えるほうがよいだろう。けれど、どうしたって仕事に出ていかなければならない人もいるし、手放しで家で踊っていられるメンタルにはない人もたくさんいる。だからこそ、「家」ではなく「うち」であり、一人ひとりが自分の許す時間の中で、好きな時に音楽を鳴らせばいいという、実はとてもプリミティブな音楽の在り方の提示なのだと思う。

《生きて踊ろう 僕らそれぞれの場所で/重なり合うよ》という歌詞が耳に沁みてくる。そう、「それぞれの場所」を彩ってくれるのが音楽なのだ。そして時々、その音楽への思いが誰かと重なり合う。これは、星野源がこれまでも自身の作品で表現してきたことでもある。“ばらばら”だって、“恋”だって、“アイデア”だって、ひとりの人間の「うち」なる迷いや悲しみや孤独なしには生まれ得ないポップスだった。そして“うちで踊ろう”にも、それは通底している。

あえて装飾を外して、誰かが重なり合う隙を残したまま“うちで踊ろう”はアップされた。ごくシンプルな短い楽曲であり、特別ドラマチックに盛り上げるようなメロディメイクでもなく、けれど気がつけば頭の中をループしている。不必要に感情を揺さぶるような歌ではなく、とても当たり前にそこにあるような歌。これが計算でなくできてしまうのは、やはり星野源の軸のブレなさなのだなあと再認識した。音楽の役割というものについて思い悩む前に、必要なタイミングで、この時代だからこそのやり方で、受け取る人それぞれに響く歌をアップしたこと。そしてそれを完全フリーで解放したこと。これらはやはり星野源にしかできない方法だったと思う。(杉浦美恵)

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