不意に出会って嬉しかった映画。

不意に出会って嬉しかった映画。

最近、わ、これ、ほんとにちょっとすごい映画観ちゃったよ、と嬉しくなったのがこの映画。
『不惑のアダージョ』。
公開は、ちょっと先の11月26日。もちろん日本映画です。
わたくし、正直、まったくのノーマークでした。
今となってはそれがなんだか情けないし、とにかく、すいませんでした、という思いでいっぱいでございます。
いや、ほんとうに素晴らしい映画なのだ。

監督は、1974年生まれの気鋭、井上都紀。
デビュー作となった短編『大地を叩く女』を犬童一心監督が大絶賛していて、今回それも観させてもらったんだけど、完全にぶっ飛ばされました。
肉をぶっ叩くリズムと人間を殴ったときの骨と骨がぶつかる音と真夏の郊外の不快な湿気が男女間の愛憎をこれまでに観たことのないかたちであぶりだしていく映画。
超プリミティブな映画。
完全にギャスパー・ノエの世界。だけど、絶対に日本人にしか描けないワビサビというか、土着的な歌謡性がある、そこから立ちのぼるかすかな希望があるっていうすんごい映画。
話が逸れましたが、こんな「音楽」映画、誰も観たことないと思う。
とりあえず、編集長に激しく推薦しておいた。

で、そんな井上都紀監督の新作がこの『不惑のアダージョ』なんですが、こちらは打って変わって、プリミティブさとか衝動とか、そういう人間のエネルギーをぐっと抑えた、実に静謐な映画になっている。
なにしろ、主人公は処女のまま更年期を迎えたシスター。そして、彼女は、そうしてどんどん終わっていく「性」にどう向き合っていくのか、という映画なのだ。
いや、「向き合っていく」というほどわかりやすくドラマチックじゃない(だが、そこがいい)。ものすごくフラットなスタンスで性と生を見つめている映画。
当然のところながら、性の終わりをめぐるトーンは重い。観ているこちらもため息をつかざる得ない、そんなしんどさがある。
だけど、ここがこの映画の優れたところなんだけど、歩く靴音とか納豆をかき混ぜてタクワンをかじる音とか庭の木を剪定するハサミの音とか、要は人間が生きていくことで生まれる単なる「音」の連なりに、ちゃーんとリズムを見出しているのだ。
だから、単なる生活の風景がやたらと心地いいし、重くてしんどい問いかけですら、すんなり受け入れられてしまう、ものすごい浸透感があるのだ。
この「説得」は極めてノーブルで、やさしいものだし、なんというか、「生を肯定する」っていうのはこういうことなんだろうなあとあらためて教わった感じがした。
いま必要な映画ってこういうものなのかもしれないなあ、なんて本気で思ってしまいました。

主演は、柴草玲。
Coccoの”強く儚い者たち”なんかを作ったミュージシャンです。
彼女が主演していること、それと、それがこういう映画になったということも含めて、正しい必然に導かれた映画だと思います。
もうちょっと時間が経ったら、もうちょっと整理してどこかで書いてみたい。(小柳)
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