NICO、”TOKYO Dreamer”の「強さ」についてのコラム的な文章(前編)

NICO、”TOKYO Dreamer”の「強さ」についてのコラム的な文章(前編)

昨日歌われた新曲”TOKYO Dreamer”は感動的だった。

アンコール2曲目に演奏されたという高揚感はもちろんあった。
だが、この曲が昨日、これほどまでに感動的だったのは、この曲がこのリベンジの武道館で演奏されたという事実、そして”TOKYO
Dreamer”が4人にとってある意味、「超えるべき壁」だったからだ。
そのことについてちょっと書いてみようと思う。

今発売中のJAPANのインタヴューで語ってくれているが、この曲はまだ十代だった光村が作った曲だ。
しかも、歌詞もほぼ変わっていない。
つまり、ほぼ完成された、現在のかたちに限りなく近い”TOKYO Dreamer”は生まれてから約10年間、歌われる機会を待っていたということになる。

それだけでもちょっとした運命めいた何かを感じないこともないが、この曲は何より、歌詞が本当に素晴らしい。
今のNICOを思うにあまりに示唆的で、宿命的なものを感じざるを得ない。

《果てない夢を見てる/遠いようでずっと近くに》
《普段言えないことも口にしてみること/挑んでいくこと 二本の足で立つこと》

4人が繰り返し話し、自らを鼓舞するように叫んできた「リベンジ」という言葉。
4年前、5000人しか埋まらなかった武道館の舞台に再び立ち、背水の陣に挑み、そして勝ってみせるのだ、という決意。
その言葉と決意を何度も語ってきたこの1年のNICOは、まさにこの楽曲の中にいた。
10年前の時点で、自分の足で立って戦うNICO Touches the Wallsは、光村の歌の中にすでにいた。

最初のサビで光村はこう歌う。

《孤高の戦いが この街を生きていく術なんだ》

このまっすぐな歌詞は確かに十代なりの「強さ」に根ざしたものなのだろう。
そして――光村はこの曲を書いてから10年間、この「強さ」に挑み続けてきたのだと思う。

この前のインタヴューで光村は語っていた。
「ようやく、この歌詞が歌える自分たちになったんだと思う」というふうに。

とても光村らしい発言だ。
だが、「こんなにいい曲なんだからできたときに歌っちまえばいいのに」――実は、僕は光村の言葉を聞いて、そんなふうに思ってしまった。
きっとたくさんの人がそう思うんじゃないだろうか。
だって、”TOKYO Dreamer”は本当に素晴らしい曲だからだ。
取っておくなんて、よくわからない。

しかし、NICOというのはこういうバンドなのである。
「どんな曲を作るか」――ということは無論、重要である。
しかし、もっともっと何より重要なのは、「その曲はどんな自分たちによって歌われるのか」、ということなのだ。

長くなってきたので、続きは次のエントリーで書きます。
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