デヴィッド・フィンチャーの最新作で、トレント・レズナーとアッティカス・ロスがサントラを手がけた『Mank/マンク』がNetflixで配信を開始した。この作品はすでに絶賛されていて、オスカー候補の筆頭だ。予告編はこちら。
https://www.youtube.com/watch?v=aSfX-nrg-lI&feature=youtu.be
フィンチャー監督の『ソーシャル・ネットワーク』でサントラを手がけてオスカーも受賞したトレント・レズナーとアッティカス・ロスだが、今回は普段の彼らのサウンドとは違う、ジャズやオーケストラのサウンドに挑戦している。しかも50~60人のオーケストラはコロナ禍のため安全を重視し、全員一堂に会することはなく1人ずつレコーディングしている。さらに映画の舞台である1930年代〜40年代に使えた楽器だけを使って制作し、音を風化させるという挑戦もしている。サントラの音源ももう公開されている。
https://nin.lnk.to/Mank
『ウォッチメン』、ピクサーの『ソウルフル・ワールド』、そして今作と、まったく違った、しかし最高峰の作品ばかりを続けて手がける彼らに、Zoomで話を聞く機会があった。自分達が上手くできるだろうかと悪夢を見て、夜中の4時に冷たい汗をかいて目を覚ますことがあった、など語ってくれた。
以下要約。
●今回フィンチャーの作品をどのように経緯で手がけることになったのか
トレント
「デヴィッドは親友だし、彼には僕らに頼んでくれるんだったら、どんな作品でも『やるよ』と言っていたんだ。彼とは何作か一緒にやったけど、常に新たな冒険で、でもデヴィッドとの仕事は常に最高の経験なんだ。本当に優れたリーダーだし、本当に知的な人だからね。
実は、僕らの中で『ふむ、どうやったらできるんだろう?』と悩む場面が何度かあったし、それに僕らが一番やりたくないのは、映画を台無しにしてしまうことだからね。デヴィッドは大事な友達だから、できないと思ったら『僕らにはできそうにない。他の人に頼むべきだ』と言うつもりだった。でも、時間的に余裕があったし、考える時間があったんだ。脚本をじっくりと読んで、映画の中のキャラクターについて考え、その当時の音楽がどんなものだったのかを研究できた。1938年のフォックストロットを勉強してその週末にはそういう曲を仕上げなくてはいけない、というものではなかった。それで実際に映画のサントラ制作を開始した時には、『ウォッチメン』をやっていたんだ。ちょうど同じ時代の音楽だったし、技術的にできると思ったし、物理的にもできると思った。
それに、結局一番大事だったのは、僕らに書ける最高の音楽を書くということだった。小さいことは考えないで、感情的に何を訴えかけてくるシーンなのかを考えたんだ。コロナ禍だったわけだから、物理的にはさらに難しくなったけど、実際に作曲を始めたらすごく自然に進んでいったんだ」
●『市民ケーン』とバーナード・ハーマンという黄金のハリウッドを象徴する名前のプロジェクトに関わるのは怖くなかったか?
トレント
「ハーマンと『市民ケーン』についての作品だったということは、個人的には、すごく興味深いところだった。でも、バーバード・ハーマンが作ったような曲を作って欲しいと頼まれたら、僕は『それができる人を雇うべきだと思う』と言っていたと思う。僕には分からないからね。それは僕の得意とするところではない。
でもこの映画について初めてデヴィッドに会って話した時に、自分がすごく尊敬している人が、これまで何年もかけて制作してきた作品の話を僕らに持ってきてくれて、彼にはどんな音が聴こえているのかを訊いたんだ。そしたら、『そうだな。オーケストラでもいいし、バーナードみたいなものでもいいし、わからないけど、ソロのピアノとか、またはシンセサイザーでもいいし、君が良いと思うものならなんでもいいよ』って言ってくれたんだ。それで、オーケーってね。彼とのミーティングを終えて家に帰る時に、『この人は僕らを信じてるんだ』と思えて、それで力を得たんだ。その信頼は何年かかけて培ったとも思えるけど、でもそのおかげで、すごくエキサイティングだと思えた。めちゃくちゃ怖かったけどね(笑)。一瞬ためらったりもした。というのも、僕は自信のなさを抱えているからね(笑)。だけど結果的には、参加できて本当に誇りに思えたし、完成するまでの道のりも誇りに思うんだ。それが映画の良いところだと思う。というのも、NINでの人生というのは、これから先の未来に何が起きるのかよくわからない。でも映画は、終わりが決まっているし、非常に緊迫した普段の人生ではいけないような道に行ける。しかも大きな挑戦ができるしね。本当に本当に幸運だと思う。だからそういう機会が与えられて感謝しているんだ」
●オーケストラとジャズをどのように分けたのか
アッティカス
「大きく分けると、喧噪に包まれた時は、ビッグバンドを使った。スタジオでの撮影や、選挙の夜などね。勢いがある時は、ビッグバンドなんだ。クリエイティビティがあり、楽しいような時。それでオーケストラは、よりエモーショナルなシーンで使った。もちろんその逆になるようなシーンもあったけどね。特に選挙の夜とか。マンクが起きていることに対処しているシーンがあって、それは僕らが最近目にしたものを反映しているとも思ったし、ビッグバンドだけど、マンクの内面を象徴している。でも大きな意味では、ビッグバンドはより外向的なバイブがある時に使っていて、よりエモーショナルなシーンではオーケストラを使ったんだ」
トレント
「作曲の初期の段階では、バーナード・ハーマン的な、その当時のオーケストラ的なアプローチと、それからその当時のビッグバンド的なアンサンブルのサウンドのそのふたつを考えていた。それで、確か90分くらいの曲を作ったんだ。デヴィッドが参考にできるように、初期の段階のデモテープを渡して、そういう方向性で良いのかお互い確かめ合えたしね。結局それが青写真となった。それが僕らにとってもすごく助けになったんだ。
この作品は、これまで手がけたどの作品よりも、脚本を読んで理解するのが難しかった。とりわけエモーショナルな面においてね。内容が深いのみならず、登場人物も多くて、誰が誰で、当時政治的に何が起きていたのかもよく分かっていなかったから。ものすごい情報量だと思った。だからデヴィッドには、どんな物語を彼が語りたいと思っているのかということと、マンクをどう思っているのか、彼にどの程度の同情心を持つべきなのか、または、どれくらい馬鹿げていると思うのかとか、シーンごとに訊いていったんだ。
全体の流れとしては、驚いたことに簡単だったんだ。だけどすごく時間がかかった。スタジオで作ったデモが、最終的なサウンドではなくて、それをアレンジして、オーケストラでレコーディングしなくてはいけなかったからね。それぞれの過程で、承認にしてもらうようにしたんだ。場合によっては少し、または大きく変わっていくことがあったからね。
大変だったのは、実は完成する何ヶ月も前に、僕らの仕事は終わっていたこと。完璧と言えるデモテープが出来ていたんだ。だけど、それを手放して、僕らがコントロールできない、オーケストラに演奏してもらい、さらに、音を風化させるという作業があった。そのせいですべてが大きく変わってしまったんだ。それまで良く聴こえていたものが、聴こえなくなったりした。だからすごく時間がかかった。それに、僕らにとっては、完璧に聴こえていたデモを手放して、その後に、さあこれから本格的にレコーディングだという過程は、すごく興味深い挑戦だったよ(笑)」
そのデモ版が収録されたサントラがBandcampで発売されている。12月4日はBandcampが始めた、アーティストに収益が100%払われるキャンペーンの実施日である第一金曜に当たるのでぜひ!
https://trentreznor-atticusross.bandcamp.com/album/mank-original-musical-score-with-extras
●『ソウルフル・ワールド』をやって、『マンク』を手がけることについて
トレント
「『ウォッチメン』と『ソウルフル・ワールド』と『マンク』は全部始まりと終わりが重なっていた。
『ウォッチメン』はすごく楽しくて、一緒に仕事した人達とも楽しめた。予期せずしてNINに近い作業で、普通だったらスコアを書く時にはできないようなこともできた。ものすごく緊迫したもので、そこからすぐに『ソウルフル・ワールド』をやった。
『ソウルフル・ワールド』は『ウォッチメン』とはすごくすごく違っていた。『ソウルフル・ワールド』では、基本的には現実世界の音楽はJon Batisteが手がけていて、曲はジャズで、地に足がついたようなサウンドなんだ。それでもうひとつの舞台で流れるのが僕らの音楽なんだ。より人工的で、緻密な音楽なんだ。
それでピクサーとピーター・ドクター(監督)がどうやって映画を作るのかを観たんだけど、僕らがこれまでに経験したことがないようなもので、ぶっ飛んだよ。映画の発展の仕方がね。あるセクションが丸ごとなくなったりするんだ。それでいきなり、新しいキャラクターが登場したりする(笑)。しかもかなり最終段階に入ったところでね。
つまり、彼らにとって一番大事なのは物語なんだ。この俳優でこの場所で撮影したから、なんとかしようとかいうことを考えてない。かなり遅い段階でも、物語のためなら変更する。それを見て感動したんだ。一緒に仕事できて最高だったし、本っ当に僕らがこれまで仕事した人達と全然違った。すごくインスパイアされたよ。ピクサーの人達はどんなだろうって想像していたけど、本当にみんな本物で、ああいう人達だからこそ、ああいう感動を人に与える作品を作れるんだなと思えた。工場で流れ作業で作っている感じではなかった。本物の良さがあったんだ。しかも子供のような情熱もあった。
そしてそこからすぐに『マンク』に入った。ピクサーの仕事がうまくいきそうだと思えた時に、悪夢を見て、冷たい汗をかいて朝4時に目が覚めたりしたよ。一体どうやってやればいいんだ?って思ってね(笑)。100%違うからね。
そんな感じで、1年半から2年間の長い間、『ウォッチメン』に始まり、まったく退屈な瞬間がなかった。それぞれまったく違う心構えでのぞめたから。唯一共通していたのは、どの作品にも緊迫感があったこと。違う形での緊迫感ではあったんだけどね(笑)」
『ソウルフル・ワールド』もすでにオスカー候補になっている。トレントとアッティカスが2作品でノミネートされる可能性もある。『ソウルフル・ワールド』も12月25日から日本でもDisney+で配信が開始する。
https://www.youtube.com/watch?v=SPi8GwqM_50&feature=youtu.be
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