きのこ帝国『東京』:世界を見渡せば「あなた」がいた

きのこ帝国『東京』:世界を見渡せば「あなた」がいた

この曲をライヴで初めて聴いたときのことを、僕は忘れないだろう。今年の2月18日、渋谷クラブクアトロでのワンマン。きのこ帝国はこの日すばらしいライヴをやって、そしてアンコールで新曲ができたと言ってこの“東京”を演奏した。本当に驚き、感動した。メロディも、聴こえてくる言葉も、とても幸福な肯定性に満ちていたからだ。

佐藤(Vo・G)の書く歌詞は少しずつ、世界を肯定し、他者を肯定し、自分を肯定してきた。《憎しみより深い/幸福はあるのかい》と問いかける“退屈しのぎ”から、犯した罪が許されないと知りながらも《生きていたいと涙がでたのです》と吐露する“夜が明けたら”、そして《さよなら/ありがとう/幸せになってね》と喪失を受け入れる“ロンググッドバイ”へ。まるで蛹が羽化して羽を広げるように、彼女の言葉はひとつひとつのことを受け入れ、それを愛し、すべてを背負って前に歩いてきた。それにともなってサウンドも明らかに風通しのいいものになってきた。

そして、その先で鳴っているのが“東京”だ。よく言われるように、“東京”と名のつく曲には名曲が多い。それはなぜかといえば、「東京」はあらゆるものを象徴するからだ。美しさも、醜さも、生も死も、過去も未来も、孤独も共同幻想も、すべてを包み込む街だからだ。「東京」というモチーフは鏡のように聴き手ひとりひとりの心を反射し、共鳴させる。「東京」に何を見出すかは、そのままその人がどんな内面を持っているかを暴き出す。だからそれを歌う曲は、すべて本質的で赤裸々なものになるのだ。渋谷クアトロでこの曲を初披露した日、佐藤はこの曲を「2日でできた」と言っていた。それはつまり、“東京”が掛け値なしに「彼女自身」であることを物語っている。


では、今回きのこ帝国は、佐藤は、「東京」に何を託したのか。それは簡単な言葉にしてしまうと、「ここで生きている」という実感と確かな「愛する対象」の存在だ。自分と、自分じゃない誰かが、同じように息をして、日々を重ね、喜んだり不安になったりしている。当たり前のことといえばそれまでだが、この移ろい続ける「東京」で、そんな「今」を全力で肯定することは、とても強い態度だ。今のきのこ帝国にはそれができる。バンドとして新しい場所に立った、そんな感触が、曲の隅々から伝わってくる。
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