サカナクション『懐かしい月は新しい月』:月は満ち、サカナクションは生まれ直す
2015.08.11 20:31
ROCK IN JAPANの間にリリースされて、フェス終わったら落ち着いてじっくり聴こうと思って、それで昨日、封を開けた。
サカナクションの『懐かしい月は新しい月 ~Coupling & Remix works~』。
シングルのカップリング曲と未発表音源をコンパイルした『月の波形 ~Coupling & Unreleased works~』と、数々のリミキサーたちによるサカナクション楽曲の再解釈・再構築の集積『月の変容 ~Remix works~』というCD2枚組、プラス、初回限定盤には映像作品『月の景色 ~Documentary of "GO TO THE FUTURE(2006 ver.)”& MUSIC VIDEOS~』も付属。
そういう内容なので、もちろんサカナクションらしい切り口だしひねりも効いているけれども、基本的には歴史を振り返るような作品なんだろうと思っていた。そういう意味合いもないことはないが、それよりもこれはやはり、サカナクションの物語を新しい領域に推し進める起爆剤なのだと、聴き終えた今は思っている。簡単にいうと、サカナクションのプロトタイプと最新型を同時に聴いているような感じなんだよ。そして誰もが驚愕した、サカナクションが登場した瞬間のあの驚きとも地続きの感覚があるんだよ。
草刈愛美の妊娠によるライヴ活動休止以降、サカナクションが何をやっていたかといえば、レギュラーのラジオなどメディア活動を別にすると、9月30日にリリースされるニューシングル『新宝島』とこの『懐かしい月は新しい月』の制作(もちろん映画『バクマン。』の劇伴制作も)、そしてライヴ活動再開に向けてのリハーサル、過去のアルバムのリマスタリング&アナログ盤リリース&ハイレゾ配信、リキッドルームで開催したイベント『NIGHT FISHING』(これからどのように音楽と向き合い、音楽を楽しむのか――という意思が見えたイベントだった。それについては前にこのブログでも少し書きました→http://ro69.jp/blog/ogawa/126902)……といった感じで、まさに未来と過去のはざまでその両者をつなげるような作業を続けていたわけである。つなげるというか、過去を新しい未来に転換していくというか。
カップリング曲を集めた『月の波形』には、シングル表題曲以上に実験的で文学的な、つまり本質的なサカナクションがいる。それを時系列をあえて崩してレイアウトし直すことで、この1枚を通してサカナクションが新たな姿へとトランスフォームしていくような感覚が生まれる。後半に収録されたメンバーによるリミックスと、2006年に録音された素朴なギター弾き語りの“GO TO THE FUTURE”のデモヴァージョンは、サカナクション自身によるサカナクション批評だ。その批評によって、サカナクションは解体され、再構築されていく。そしてリミックス集である『月の変容』。僕はこのディスクが大好きで何度もリピートしまくっているのだが、各々の再解釈によって生まれ直した楽曲たちは、どれも斬新で新鮮、でありながら、どのトラックもサカナクションそのもの、みたいな顔をしているのである。Qrionによる“さよならはエモーション”なんて、山口一郎がイメージしていた“さよならはエモーション”を純粋に結晶化していったような切実さとリアルさをもって響くし、agraphによる“夜の踊り子”もまた、オリジナルに潜んでいたセンチメントを120%引き出してしまっている。
それがどういうことかというと、サカナクションは絶えず未完成であり、絶えず生まれ変わり続ける、ということである。日本のシーンにおいて唯一無二の存在感を放つバンドであるサカナクションの周りにはまだたくさんの余白と伸びしろがあって、その解体と再構築の運動こそがサカナクションを前に進め、大きくしていくのだ。それを――つまりサカナクションというバンドのメカニズムを再確認するアルバム、それが『懐かしい月は新しい月』なのだ。何のために確認するのかといえば、それはいうまでもなく、もう一度ここから始めるためである。
“新宝島”という新曲は、僕はまだ聴いていないのでわからないけれども、手塚治虫のデビュー長編から取ったタイトルからしてすでに、新たな号砲となるような楽曲であることは間違いないと思う。だとすれば、そのシングルの制作と並行するような形で作られた『懐かしい月は新しい月』もまた、スタートを告げる音なのだ。満ち欠けを繰り返し、消えては生まれ直す月のように、サカナクションもまた生まれ、満ちていく。