東京公演は連日満員で僕の行った14日も2階席までぎっしりとお客さんで埋まっていた。ファンは今回のステージが絶対に楽しく満足できるものになることを知っていたのだ。何故そう思ったかと言えば、彼女の最新作「デイ・ブレイクス」が原点回帰とも言えるピアノとヴォーカルが主役のジャズ・テイストの作品だったからだ。まさにみんなの大好きなノラ・ジョーンズの世界がそこでは展開されていた。ステージは期待どおり、その最新作の世界観が楽しめる素晴らしいものであった。
2002年の彼女のデビューは鮮烈だった。いきなりファースト・アルバムが1年で270万枚の空前のセールスを記録する。そしてその年のグラミー賞では8部門でノミネート。その全部門で受賞を果たすという歴史的快挙を成し遂げてしまう。多くのアーティストが人生の最終目標とするような栄光を、彼女は22歳のデビュー時に手に入れてしまう。しかし彼女の音楽家としての苦悩はそこから始まる。
言うまでもなく彼女にとってデビュー・アルバムはゴールではない。そこからいろいろな音楽的なトライをしていきたいのだが、世間が求めるのはデビュー・アルバムの彼女だ。つまりピアノとヴォーカルを主役としたジャジーな世界の彼女だ。それ以外の世界に進もうとすると、常に世間の期待と闘うことになってしまう。その闘いの歴史が彼女の音楽家としての歴史と言ってもいいかもしれない。
ときにはファンの期待とは違うところに居たこともある彼女だが、それは表現者として自然な成長の結果であった。今はその自然な成長とファンの期待の幸福な統一がされている。そんなことが感じられるステージだった。
4月14日、日本武道館。
(2017年4月28日 日本経済新聞夕刊掲載)
日経ライブレポート「ノラ・ジョーンズ」
2017.05.02 18:17