エミネム緊急リリースの新作『Kamikaze』、その壮絶なスキルが笑えるところがすごい

エミネム緊急リリースの新作『Kamikaze』、その壮絶なスキルが笑えるところがすごい

先週緊急リリースされたエミネムの新作『Kamikaze』。この緊急リリースはどういうことなのか。普通に考えれば、11月公開の映画『ヴェノム』用に最終曲"Venom"を制作したものの、アルバムをリリースできるだけの音源が揃ってしまったということだろう。

だがエミネムは前作『リバイバル』で告白的で私小説的な自身のラップ・スタイルの醍醐味を見事に取り戻しているので、そのままライムを書き続けていたとするなら、テーマによってはその後古くなって発表する気もなくなってしまうものも出てくるはずだ。

それがまさに今回収録されている"Venom"以外の楽曲の数々で、今出しておかないと意味がなくなってしまうような曲が揃っているのだ。そして、その多くの曲のテーマは『リバイバル』を冷遇した評論家やメディアを徹底的にこきおろすというものになっている。


『リバイバル』はビルボード1位にも輝いたし、エミネムの本来のクリエイティヴィティとパフォーマンスが復活した作品だったが、かなり冷淡な評価しか評論家筋からはもらえなかった。そのことで相当頭に来ていたんだなと窺わせる楽曲が、今回は冒頭から目白押しなのだ。序盤の"The Ringer"、"Greatest"などは、まさにその思いをどこまでも緻密だけど暴力的なスキルに満ちたフロウでぶちまけ続ける内容になっていて、そこが面白過ぎる。

なにが面白いのかというと、自分が思っていたほど評価されなかったことにキレまくる自分の姿の滑稽さをエミネムが自覚しているから。その一方でマジでキレてしまったからには表現しなきゃならない、という律義さもまた、エミネム本来のたまらない魅力なのだ。

ただ、かつてはスリム・シェイディという別キャラを立てなければ自分を突き放したこういう視点を持てなかったのが、こうして自在におかしみのある表現として自分の怒りをぶちまけられるようになったところが、前作『リバイバル』の画期的だったところ。今作もその持ち味がよく活かされている。

それにエミネムのスキルが前代未聞のレベルであればあるほど、このパフォーマンスは神憑り的であると同時に、どうしようもなく笑ってしまうものにもなっている。そしてその両面をしっかり打ち出せるようになったところが、今のエミネムの元気なところなのだ。

エミネムの矛先はさらに、メディアが持ち上げる最近のヒップホップ・アーティストにも向けられ、"Lucky You"や"Not Alike"などはまさに今時のラッパーの安直さを嘆く内容になっている。「今時のラッパーは」というじじ臭い内容なのだが、それをここまでやるかというスキルでやってみせるところが、エミネムのどうしようもなさになっていて素晴らしい。

さらに"Not Alike"では盟友ロイス・ダ・ファイブ・ナインと共演し、超絶テクをふたりでぶちかましてまさにどや顔が目に見える内容だし、"Lucky You"では若手で自身と張り合えるだけのスキルを持つジョイナー・ルーカスを起用しているところもさすがだ。


そしてタイトル曲"Kamikaze"はコミカルな曲で、まさにこうした自身の性向を戯画化し、今回のプロジェクトと自分のどうしようもなさをまとめる、どこまでもポップな楽曲。その一方で"Venom"は映画のテーマに即した曲で、映画『ヴェノム』の主人公が地球外生命体と合体し、自身の心の闇を表出させると凶悪なモンスターと化してしまうという設定に成り切った内容になっている。おそらくエミネムはこの、凶悪さの表出、というところに自身の作風とダブるものを感じて急にアルバム化を思い立ったのかもしれない。

なお、自身の人間関係の実際を綴った"Normal"、D12への後ろめたさを歌う"Stepping Stone"は今回のテーマから離れたエミネムの本来の魅力が全開した名曲となっていて、どちらも素晴らしい。 (高見展)

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