このところ洋楽ニューリリースものは当たりが多くて、嬉しい悲鳴をあげているところ。レモン・ツイッグスの2ndアルバム『ゴー・トゥ・スクール』も期待以上の作品で、家で聴き始めるとつい最後まで聴き続けてしまう。なぜこの『ゴー・トゥ・スクール』は、聴き始めたが最後、途中でやめることのできないのかというと、このサブスクリプション主流の時代にあって、「ミュージカル」をテーマに、フルアルバム1枚を使って壮大な物語を表現するという、時代を堂々と逆行するような作品だからだ。
スキップもシャッフルも拒絶するかのようなコンセプトはしかし、そのドラマチックな展開と豊潤なロックサウンドとで聴く者のイマジネーションを刺激し続け、楽曲に飽きて途中で聴くのをやめるということもない。つまりすごく簡単に言えば「素晴らしいロックアルバム」っていうことなんだけど。
「ピュアなハートの持ち主で、人間の男の子として育てられたチンパンジーのシェーンが綴った胸が張り裂けるような成長物語」というのが、このアルバムのテーマ。奇想天外だけれど無邪気に笑うことはできない重いテーマだ。
そして、アルバム自体が映画的、舞台的なストーリーを持ち、その物語を伝えるためのコンセプチュアルな音楽作品になっているという点で、ザ・フーが1969年に初めて「ロック・オペラ」という概念のもとに制作した『トミー』を思い浮かべる人も多いかもしれない。あるいは、ドラマチックで多彩な楽曲とその歌唱表現にクイーンの『オペラ座の夜』を思い起こしたと言ったら言いすぎか。他にもスパークスのグラマラスなパワーポップ感、マーク・ボランのファニーなグリッター感など、想起させられるものの多さを思えば、1st『ドゥ・ハリウッド』から、そのコンセプトの掲げ方含め、さらにロックのノスタルジアを堂々と意識的に突き詰めたのが今作であるとも言える。
壮大な「シェーン」の物語が進んでいく中で、圧巻は6分5秒に及ぶ、12曲目の“The Fire”。アコースティックギターの音で軽快に始まるこの楽曲が、しだいに妙に切なくエモーショナルな展開で進んでいき、「シェーンの痛み」が切実に表現されていく。そして悲劇的な火事の描写。まるで映画『キャリー』を思い起こさせるような不穏な感情の波が、コーラスが重なりながら畳み掛ける歌声で表現されていく。物語の一番のクライマックスがここにある。
もちろんこの曲単体で聴いても素晴らしいのだけれど、その後に続く“Home of a Heart(The Woods)”や“If You Give Enough”がなければ、心が変にザワついたままで落ち着かないのだ。だからアルバムの終わりまで停止ボタンを押すことができない。『ゴー・トゥ・スクール』が、歌声とサウンドで直接感情に働きかける「ミュージカル作品」として、正しく構築されていることを思い知らされる。
改めて、2018年の新作ポップアルバムとして、この作品が出来上がったことに驚く。そもそも全16曲、58分におよぶ長編作品。その長い作品を、頭から終わりまで、しっかりトータルで聴かせようという目論見は完全に時代の逆を行く。
しかし、そこで参照されている過去の偉大なロックミュージックは、サブスクが音楽の聴き方のメインになった現代だからこそ、世代を超えて、というか、むしろ時代など関係なしに誰もが気軽に出会えて、耳にすることができるという、今はそんな時代でもある。そこに滲むアンビバレンス。それを体現するレモン・ツイッグスこそ、革新的で、(逆説的に)現代的なロックバンドであると言えないだろうか。
11月の来日公演では、もちろんこの新作からの楽曲もプレイしてくれるはずだが、どんな曲順でどの曲が演奏されるのか、今からとても楽しみだ。この秋、自分の中では1〜2を争うほど心待ちにしているライブのひとつ。見逃し厳禁。(杉浦美恵)
レモン・ツイッグスの最新インタビューは、9月5日発売の『ロッキング・オン』10月号に掲載中です。
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