いまなお増す「アルバム」の重さ――ダイ・グリフィスによる著書『レディオヘッド/OK コンピューター』を読む

いまなお増す「アルバム」の重さ――ダイ・グリフィスによる著書『レディオヘッド/OK コンピューター』を読む

物事を理解するには確かに時間がかかるけれど、でも、どっちみちあと数分くらい、あなただってそう重要な用事はないだろう? (p.65)


そんな一文には思わず笑ってしまったけれど、ただ、実際ダイ・グリフィス著『レディオヘッド/OK コンピューター』(島田陽子訳、Pヴァイン刊)は時間をかけて何かを理解すること、理解しようとすること自体を楽しむための本だ。その対象は、ロック・リスナーには言わずと知れたレディオヘッド『OK コンピューター』。以前紹介したマーヴィン・リン著『レディオヘッド/キッドA』と同様、アルバム1枚を丸ごと1冊で論じる「33 1/3」シリーズのひとつだ。原書は2004年に刊行されているので、それから15年経ったいまも世界トップのロック・バンドのひとつとして活躍するレディオヘッドを知る我々からすると、なにかと感慨深い記述も多々現れる。

20世紀最後の黙示録的作品を通して、音楽に参加するということ――マーヴィン・リン『レディオヘッド/キッドA』を読む
したがって、どんな形にせよ、音楽に関わることは――曲作りも、パフォーマンスも、曲を聴くのも、音楽について思いを巡らすのも――実際には、音楽という行為に参加するということなのだ。 (p13) もし僕らが時間を限られた商品として捉えているために、次に何が起きるかと不安になるなら、では…
20世紀最後の黙示録的作品を通して、音楽に参加するということ――マーヴィン・リン『レディオヘッド/キッドA』を読む

当然と言えば当然だが、マーヴィン・リンとはスタイルをまったく異にし、大学でポピュラー・ミュージックの研究を長年続けているというグリフィスによる本書はまず「そもそもアルバムとは何なのか」という問いに対する考察をえんえんと繰り広げる。「おいおい、『OK コンピューター』の話はいつ始まるんだよ?」と思う読者も少なからずいそうだが、しかし、グリフィスにとってそれが必要不可欠だったことが読み進めるとわかってくる。2章に入ると、いよいよ楽曲ごとの詳細な分析が始まるのだが、そこでは曲の構成、歌詞、和声などを対象とする非常に具体的な解析がおこなわれる。アカデミックな音楽本に慣れていない人にはやや面食らうところかもしれないが、ともかく、グリフィスは『OK コンピューター』をきわめて帰納的に読み解いていくし、それが必要な作品だと見なしているようだ。

『OK コンピューター』の意識世界を際立たせっているものは、おそらくある種の「実存主義的リアリズム」だろう。ごくささやかな細かい世界が、時には胸を打つ――小さなことが何より感動を呼ぶこともある――だがそこに、極めてエモーショナルな温度が加わる。そこはもちろん、レディオヘッドの音楽とトム・ヨークの声によって膨らまされるところだ。(p.148)


つまり、『OK コンピューター』がいかに細部にこだわった作品であったか、と……その証拠をグリフィスは次々に挙げていく。なかば執念じみているが、それこそが『OK コンピューター』の凄みなのだと示すのである。そこで興味深いのが、7曲目に置かれた、「歌」の形式を取らないコンピューター・ボイスによる朗読“Fitter Happier”を非常に重要視している点だ。もちろんこれは、シングル盤やライブではそうそう実現できないものであり、「アルバム」だから収録できたトラックだ。そして、これこそが『OK コンピューター』の核であると。あらためてその「歌詞」を読むと、いまでもぞっとせずにはいられない。「もっと健康に/もっと幸せに/もっと生産的に」……「豚/ケージの中にいる/抗生物質を与えられて」。2019年を生きるわたしたちは、いま、ケージの中から出られたと言えるだろうか?



これは本書にある記述ではなく、あくまで私見だと強調しておきたいが、『OK コンピューター』は(そこに複雑な愛憎があったとしても)愛国主義とブレアが提唱した「第三の道」――それは結局、サッチャー政権下の新自由主義を温存しただけだったとのちに批判された――に絡めとられたブリット・ポップに対して、左派的な立場から徹底的なNOを突きつけたアルバムだった。あれから20年以上過ぎてもわたしたちがグローバル資本主義の呪縛から逃れられていないことを思えば、“Fitter Happier”における現状認識はあまりに重かった。もしそれを過去のものだと言い切れる人間がいたならば、そういう奴にはちょっと気をつけたほうがいい。

グリフィスは本書の終わりで『OK コンピューター』がクラシックとして成立するだろうかと問うているが、少なくとも2019年の時点では圧倒的な名作としての地位を保持している。それが本当に幸福なことかどうか、自分にはわからない。だが、「プレイリスト」だとおそらく飛ばされてしまう“Fitter Happier”を含めた「アルバム」として、わたしたちは『OK コンピューター』にいまでも向き合わねばならない。本書はそのことを思い出させてくれる。(木津毅)


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