悲しみから生まれた二粒真珠

ビョーク『ヴァルニキュラ ― ストリングス』
発売中
ALBUM
ビョーク ヴァルニキュラ ― ストリングス
ビョークの失恋から、さらに素晴らしい作品が誕生した。『ヴァルニキュラ』を全編オーケストラで再構築するということは、本人にとっては痛みや傷口を覗きこむような実験的な試みだったかもしれないが、リスナーにとっては喜ばしいことだ。なぜなら、彼女の痛みが、美しく普遍的な作品として私たちのものになったのだから。まるでピンカートンとの叶わぬ恋を描いたプッチーニ『蝶々夫人』やヴェルディ『椿姫』といった歌劇のように。個人的には、すでにオリジナルよりも愛着が湧いている。

悲劇とは、そもそも人類にとって原始的なエンターテインメントである。だから、長く連れ添ったパートナーとの別離を、ギリシャ神話やシェイクスピア四大悲劇並みにドラマティックに描こうとしたビョークはアーティストとして実に正しい。オーケストラでやると聞いて『ホモジェニック』をすぐに思い出したが、あの作品が心臓の鼓動を表現するビートが強烈だったのに比べ、今作はそこがいい意味で希薄。それによって楽曲がビョークの鼓動や肉体性から解放され、リスナーに明け渡されているからだ。ビョークの表現者としての業と才能にひれ伏す。(井上貴子)
公式SNSアカウントをフォローする

人気記事

最新ブログ

フォローする
音楽WEBメディア rockin’on.com
邦楽誌 ROCKIN’ON JAPAN
洋楽誌 rockin’on