おかえり、ラップ界の燃える闘魂

エミネム『カミカゼ』
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エミネム カミカゼ

エミネム最新作『カミカゼ』の日本盤が、10月31日にリリースされる。オリジナル・リリースから既に1ヶ月が経過したけれども、事前のアナウンスもなく8月31日に「あまり考え過ぎないようにして作ったんだ、楽しんでくれ」という本人ツイートと共に突如届けられた。今日のエミネムを取り巻くホット・トピックに根ざした瞬発力勝負の作風ということもあって、米ビルボード・チャートでは初登場1位、8ヶ月前のアルバム『リバイバル』を遥かに凌ぐセールスを記録した。

「今日のエミネムを取り巻くホット・トピック」とは何なのかというと、『リバイバル』をはじめとする彼の近作へと向けられた、メディアや同業者ラッパーらの冷ややかでときに辛辣なレスポンスの数々である。エミネムはそれらに対する反撃として本作収録曲の数々をレコーディングしたわけだ。むしろ僕などは、若くブチ切れたエネルギーを振りまいていた頃のエミネムを今の彼に求めるのは酷なんじゃないか、と思っていたクチなのだけれども、いやいや、驚異的なテンションの高速ラップを飛ばしまくるので、まんまとブッ飛ばされてしまった。近年のエミネムに冷ややかな態度を取っていたにせよ、僕のように中途半端な理解を示そうとしていたにせよ、彼の力を侮っていたことに違いはないのかもしれない。ごめん、エミネム。

そういうわけで、まさにカミカゼと化した本作のエミネムなのだが、ビースティ・ボーイズのデビューALをオマージュしたジャケット・アートワークについて考えてみる。かつてヒップホップ・カルチャーの中から実力でのし上がってきたエミネム(あの映画『8マイル』は、ビースティがこき下ろされるような文化圏で、ホワイト・トラッシュであるところの主人公B・ラビットが立ち回る物語)だが、時代は巡り、ヒップホップは単純にマイノリティのカウンターカルチャーと呼べるものではなくなった。新しい世代に追われる立場となったエミネムは、若い頃とはまた異なる苦境に立たされていたと言っていい。『ザ・マーシャル・マザーズLP 2』や『リバイバル』には、ビースティを世に送り出したリック・ルービンが携わっていたわけで、近作へと向けられた冷遇ムードとの闘いとはつまり、世代や人種といった属性を背負うエミネムの闘いにもなっていたわけだ。

トラック制作についても、S1やマイク・ウィル・メイド・イット、ボーイ・ワンダといったプロデューサーが参加しているものの、基本的にはエミネムお手製のトラック群を中心に構成されている。時代のサウンドで着飾るスタンスではなく、裸一貫の勝負を挑む気概が窺えるのだ。またエミネムは、どうしても家族や自身の病気との格闘といった私小説的なストーリーテリングを続けていかなければいけないスパイラルから抜け出しにくい状況にいたと思うが、単純にいちラッパーとしての力量を示すべく生み出された本作では、キャリアのスパイラルから解き放たれていて実に清々しい。“ノット・アライク feat. ロイス・ダ・5-9”では、娘に色目を使おうとするマシン・ガン・ケリーを牽制していたりするものの、アルバム後も互いにディス曲を撃ち合う盛り上がりに発展してしまっているのが、なんかバカバカしくて最高だ。パパは大変だな。

冒頭“ザ・リンガー”の《先週なんか、元ファンが勉強しろって『〜マザーズ LP』のコピーを送りつけてきたんだぜ》というライン辺りから続く後半のラップは、もはやどこでブレスしているのか分からないぐらいだ。しかし、そんなふうに怒り心頭の猛烈なラップを飛ばしまくってはいるけれども、「怒るエミネム」を適切にプロデュースし、エンターテインメントとして聴かせる手腕が素晴らしい。「楽しんでくれ」という本人のツイートは嘘ではない。悲壮感が希薄なのだ。ベテラン・ラッパーの作品に触れていると、こんなふうに「真剣に怒っているのに、熱狂するし、楽しいし、笑える」という高度なプロレスを観ているような感動を覚えることがあるが、本作のエミネムはまさにそれである。

ただし、際立って情緒的なトラックに乗せられた“ステッピング・ストーン”だけは、残念ながら解散してしまったD12への思いに溢れており、《俺は決して、お前たちを踏み石だと思っていたわけじゃないんだ》と締めくくられるさまがすこぶるエモーショナル。エミネム初めての単独来日公演は実質的にD12によるものだったが、メンバーに花を持たせようと少し引き気味なスタンスでパフォーマンスしていたエミネムの姿が思い出される。アルバム全体のムードとは異なる趣を持った一曲ではあるけれど、重要なアクセントとなっていることは疑いようもない。(小池宏和)



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エミネム『カミカゼ』のディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』11月号に掲載中です。
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エミネム カミカゼ - 『rockin'on』2018年11月号『rockin'on』2018年11月号
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