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ザ・チェインスモーカーズ『シック・ボーイ』
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ALBUM
ザ・チェインスモーカーズ シック・ボーイ

2018年内に10曲の配信シングルをリリースしたザ・チェインスモーカーズは、12月の“ホープ”と同時に10曲をコンパイルしたセカンドAL『シック・ボーイ』をリリースした。ドリューとアレックスは、自らにポップ・ソング工房としての使命を課し、さまざまなソングライターやプロデューサー、シンガーを迎えて、さながら60年代モータウンのホーランド=ドジャー=ホーランドや80〜90年代ダンス・ポップにおけるストック・エイトキン・ウォーターマンのように、チームとして機能する構造を作り上げた。もっとも、それによって音源がバカバカ売れるほど今の時代は寛容ではなく、チェインスモーカーズの連作シングルはいずれもチャート上で苦戦を強いられた。システマティックに楽曲を生み出す目的は達成されたけれども、思うようにヒットには繋がらなかったのだ。とりわけシリーズ序盤の“シック・ボーイ”や“エヴリバディ・ヘイツ・ミー”といった楽曲群は、「嫌われ者のチェインスモーカーズ」という世間の風に自覚的で、暗澹としながらパラノイアックな作風になったことにより、リスナーを戸惑わせた部分があるだろう。

しかし、今や多くのアンチが存在するチェインスモーカーズは、顔や主張が見えにくい裏方のヒットメーカー・チームではなくむしろ、強烈な個性の持ち主であることが証明されたことになる。これが、前述のHDHやSAWとの決定的な違いである。お騒がせアクトとしての存在感は維持され、シリーズ後半にはグループの十八番であるメランコリックで耽美的なラブ・ソングの数々も届けられた。DJチームというより、巨大化したEDMカルチャーの歌の広がりに影響を受けてきたチェインスモーカーズは、やはりダンス・ミュージックではなくポップ・ソングのグループであることが、アルバム『シック・ボーイ』からも伝わってくる。極めつきはやはり直近の“ホープ”(スウェーデンのシンガー、ウィノナ・オークを迎えている)で、ビートをミュートしつつオートチューンを噛ませたコーラスを浮かび上がらせている。ダフト・パンクからカニエ・ウェストまで、21世紀ポップの表現マナーに接続する、野心的な試みと言えるだろう。決して真新しくはない。むしろ「ノスタルジックな作法」として用いているところが、計算高く感じられる。

では、なぜ今のチェインスモーカーズは嫌われ者なのだろう。「嫌われ者だからなんとなく嫌い」というアホは置いておいて、理由はやはり、楽曲の強烈なパンチ力によるものなのではないか。痴情の後悔や痛みにズブズブと耽溺し、甘く優しい歌で宥めようとする人間のリアルな描写は、醜く、不快だ。しかし、シェイクスピアから演歌に至るまで、大衆は挙ってそんな音楽の形を支持し続けてきた。悲しく優しいラブソングには、究極の自己愛がある。そこにカタルシスを見出し、人間は星の数ほどの痛みを乗り越え歴史を作ってきたと言ってもいい。時代が時代なら、自己否定に塗れたギターの轟音さえ、どうにか自己愛を手に入れようとする欲求の裏返しであった。チェインスモーカーズは極めて計画的に、現代における重く普遍的なポップ・ソングの役割を引き受けているのである。《ビーチ・ハウスを聴きながら、日本の列車に揺られながら、人はまた懲りずに恋に落ち、官能の時を夢見てしまう》(“ビーチ・ハウス”より)。そんな人間の本性から決して目を逸らさないから、チェインスモーカーズは誰よりも同族嫌悪の対象となってしまうのである。

アルバムが後半に差し掛かろうというときの、“シック・ボーイ”から“エヴリバディ・ヘイツ・ミー”という流れは、やはり強烈にエモーショナルである。メロドラマ的な作風を脇に退けてでも、ベア・ナックルで世界と打ち合おうとしたチェインスモーカーズの覚悟が、ここには確かに刻まれている。また、その直前に配置された“サイド・エフェクツ”(エミリー・ウォーレンがボーカル参加)は、トロピカル・ハウスやフューチャー・ベース、トラップといったEDMの手癖を控え、堂々とグルーヴィなディスコ・チューンに仕上げられた点が興味深い。アルバムの中の一曲として聴くと、経年劣化しないタフな作風を目指していたことに気づかされる。ただダンスの熱狂を目指しているわけではないという点で前作の『メモリーズ…ドゥー・ノット・オープン』には驚かされたが、新作『シック・ボーイ』のポップ・アルバムとしての生命力のしぶとさは前作以上だろう。人間のおぞましさを注視しながら「赦す」チェインスモーカーズは、今夏サマソニのトリとして、大勢のオーディエンスを相手に巨大なカタルシスをもたらしてくれるはずだ。 (小池宏和)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』3月号に掲載中です。
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ザ・チェインスモーカーズ シック・ボーイ - 『rockin'on』2019年3月号『rockin'on』2019年3月号
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