すべてをなげうって新しく打ち立ててきた現在の自分

アリアナ・グランデ『thank u, next』
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ALBUM
アリアナ・グランデ thank u, next

本年3月から、昨年発売の『スウィートナー』を引っ提げた「スウィートナー・ワールド・ツアー」に乗り出すアリアナ・グランデだが、なんと彼女は今回この最新作『thank u, next』をリリースしている。つまり、昨年8月に『スウィートナー』をリリースし、その後、プロモーション・ツアーを敢行、その中で19年3月からの本格的な世界ツアー開催を発表し、そのうえでさらなる新作である『thank u〜』をリリースしてきたのだ。故に、「スウィートナー・ワールド・ツアー」は実質的にはおそらく『スウィートナー』と『thank u〜』の両作を引っ提げたものになるということだ。

これは明らかにリスナーの目先を変えていくという戦略でもなんでもない。ある意味で、ただのオーバーワーク状態だが、一体、どういうことなのかというと、このような方法でしか乗り越えられない問題をアリアナが抱えているということなのだ。そこで簡単に最近のアリアナの歩みを振り返ってみると、まず16年に『デンジャラス・ウーマン』をリリースするが、これがこれまでの純真なイメージを変えていく、どこまでも官能的な路線を打ち出した内容で、この結果、さらに大きなファン層を獲得しながらめざましい飛躍と脱皮をはかることとなった。ただ、その世界ツアー中の17年に、イギリスのマンチェスターで会場爆破テロ事件に見舞われる。アリアナはいったんツアーを中断し、被害者救済を目的とするチャリティ・ライブを急遽実施。その後、ツアーを再開させ、絶賛を浴びることになった。

その後、この事件のことと、その後の自身の関係性を反映させた作品となったのが『スウィートナー』だったのだが、楽曲の歌い手が相手に迫っていく官能性は『デンジャラス・ウーマン』と比較するとかなり性格が変わっていた。それはテロ事件の影響で自粛したとかそういうことではなく、自身の恋愛対象が変わったから。『デンジャラス・ウーマン』制作時には将来を嘱望されていた白人ラッパーのマック・ミラーと交際していたが関係が破綻し、『スウィートナー』制作時には俳優のピート・デイヴィッドソンとの交際を開始していた。しかし、『スウィートナー』リリースの翌月にマック・ミラーが薬物の過剰服用で急死。これが大々的に報じられていく中で、アリアナはいったん休養を取ると宣言。しかし、ツアーを組みながら、『thank u, next』制作に取り組んでいたことをその後明らかにしたのだ。

さらにその過程で、アリアナは婚約までしていたピートとの破局を発表し、19年は誰とも交際しないつもりで、その後もないと宣言した。そんな中発表された『thank u,next』は前2作と較べると――当然だろうが――官能路線が姿を消している。恋愛関係における恍惚状態やユーフォリアという、ここ数作のアリアナ作品の最大の魅力となっていたアプローチがなくなっているのだ。その代わりとして前面に打ち出されているのが、アリアナ自身の“現在”と向き合うボーカル・パフォーマンスだ。しかも、リアリティを込めるためにも、ある種の関係において不本意にも猜疑的であったり、偽装的にならざるを得なくなる心境をつまびらかにする楽曲が多くなっていて、そこにどこまでも徹していることが、今作をここまで真摯で素晴らしいものにしているのだ。

もともと、アリアナは技巧派のボーカリストとして注目されているところもあった。しかし、本人はそれを嫌っていて、そのジレンマを一気に突破していった結果が、『デンジャラス・ウーマン』や『スウィートナー』で自身の恋心や情熱を歌い上げていくことだった。しかし、そのアプローチが一切禁じ手となった時、どうすればいいのか。それをすぐに実践してみせたのがこのアルバムで、それはR&Bアーティストとしてのアリアナの今後を切り開くためにも非常に重要な試みなのだ。そしてそれは、一刻も早く形にしなければならなかったことだった。

そんな切迫した状況で、これだけ粒の揃ったポップ・アルバムを仕上げてきた意気込みは驚異的としか言いようがない。お抱えのソングライター・チームに急遽やらせただけだろうと思う人もいるかもしれないが、これは完全に新しいアリアナのキャラ設定のアルバムにもなっていて、とても半年で出来るような創作ではないのだ。特に圧倒的なのは最終曲“break up with your girlfriend, I’m bored”で、ついに、過去の恋愛体験を挑発的なまでにネタにするキャラ設定にまで乗り出してきたことだ。それは今後、自分をそう捉える人もいるだろうという目算からのものであるはずだ。それだけの覚悟、そして結果としてのこの作品はすごいものだと思う。 (高見展)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』4月号に掲載中です。
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アリアナ・グランデ thank u, next - 『rockin'on』2019年4月号『rockin'on』2019年4月号
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