長き不在から美しき復興へ

ザ・シネマティック・オーケストラ『トゥ・ビリーヴ』
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ザ・シネマティック・オーケストラ トゥ・ビリーヴ

早いもので、クラシックとジャズ、エレクトロニカをブレンドしてきたフュージョンの雄:TCOも、デビュー・アルバム発表から今年で20年を数える。「ニュー・ジャズ」なるバナーのもと、クラブDJ/クレート・ディガー/サンプリング文化のシャープな嗅覚を鮮明に反映した初期の2枚を経て、よりオーガニックな音作りへと向かったサード『マ・フラー』(07)収録の哀歌“To Build A Home”──パトリック・ワトソンが客演したこの美しい曲はボン・イヴェールジェイムス・ブレイクの歌心と共振する──で新たなファン層を開拓した彼ら。勢いに乗った時期を捉えたライブ盤『〜ザ・ロイヤル・アルバート・ホール』で、音楽集団/パフォーマーとしてひとつの頂点を迎えた手応えが本人たちにもあったのだろうか? 本作はTCO名義のフル・アルバムとしては12年ぶりになる。

もっとも、この間にも動向はあった。2009年には中心人物ジェイソン・スウィンスコーらによるドキュメンタリー作品のサントラがあり、2012年には短編映画に想を得た様々なアクトによる音源をTCOがキュレートした実験的なアンソロジー『イン・モーション #1』が登場している。そうした展開から、TCOに流れる遺伝子のひとつである文字通りの「シネマティック」=映像志向な、サントラの領域に向かっても不思議はないな……との思いを抱いていたリスナーは筆者だけではないだろう。

それだけに、これまでで最多の5名のゲスト・ボーカルを起用し様々な声・パーソナリティ・言葉を響かせる歌本位な本作には、やや意表をつかれた。『マ・フラー』が耳で聴く一本の長編映画だったとすれば、本作はオムニバス映画に当たるだろう。更に驚くのはTCOのトレード・マークと言っても過言ではない、聴いていると魂が浄化され天空に吸い込まれる、あの壮大なインスト〜ドラマツルギーが抑えめである点。若き名手:ミゲル・アトウッド・ファーガソンが全面的に手がけたストリングスは淡々と寄せる音のさざ波からダイナミックな飛翔、不穏な響きまで様々なトーンを巧みに演出するが、それらはボーカルが綴り織られる背景として主に機能する(一方で、純然たるインスト楽曲ではライトモチーフのジャムによる展開が基盤のストイックな作りが敷かれている)。

しかし題名が「/」で繋げられた2部構成であることからも、数曲は「ミニ組曲」と言っていい長尺なトラックに発展を遂げたのだろう。たっぷりした空間を活かしシンガーと密にコラボレーションしながら歌のポテンシャルを掘り下げるというアプローチを通じて、TCOは本作で新たなサウンドスケープを開拓している。

たとえばアルバムの予告編として2016年に発表されたモーゼス・サムニーをフィーチャーした①。彼の柔らかなファルセットとアコースティックな質感をベースにした繊細なアンビエントの塑像ぶりは、英国ポスト・ロックの美学をモダンに継承していて見事だ。彼以外のシンガーはツアー他を通じTCOと長い縁のある面々ぞろいであり、培ってきた絆と信頼感ゆえだろう、まかり間違えばギミックになりかねないダブル・トラッキングのハーモナイズや音声加工といった「声の楽器化」もシームレスに楽曲に溶け込み、エモーションを厚くしている。

セカンド以来の共演となるルーツ・マヌーヴァとの②はこれまた個性的なヒップホップ・ハイブリッドを生んでいて、彼の預言調なモノローグがここしばらくTCOに欠けていた都会的な緊張感を走らせていて痛快。本作に最初のハイライトをもたらす④でのタウィアのピュアかつスピリチュアルな歌声はさながら10年代のゴスペル・ミュージックだし、「信念」や「祈り」といった歌詞モチーフが多く目につく本作に備わった深い内面性を象徴している。

パワフルな歌唱と言えば⑧も秀逸だが、それまで控えめだったインストが圧巻のコズミック・ジャズへとビルドアップされていくフィナーレ近くで繰り返される《I remain(私は残る)》のフレーズはEU離脱を目前に控えたイギリスの悲痛な叫びのように心に響いてくる。

TCOが沈黙していた間に、彼らがいちはやくコネクトしていたLAジャズ勢(フライング・ロータス、オースティン・ペラルタ他)がブレイクしたのはもちろん、UKジャズ・シーンも活況を呈するようになった。ところがそんな「時流に乗れる」絶好なタイミングに背を向けるかのように本作はジャズ色を薄め(ホーンが聞こえるのは1曲と日本ボーナス曲のみ)、フュージョンの実験と歌の深化に向き合っている。過去をなぞるのではなく新たな領域に入り、トレンドではなく直観を頼りにリスクを負う──独歩かもしれないが、TCOは確実に前進し、ルネッサンスを果たしたのだ。 (坂本麻里子)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』4月号に掲載中です。
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ザ・シネマティック・オーケストラ トゥ・ビリーヴ - 『rockin'on』2019年4月号『rockin'on』2019年4月号
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