意外である。だが納得だ。このイギーはいい。シンプルで音数が少なく、ディープで立体的で広がりのあるエレクトロニック・ジャズ~ドローン~アンビエントなトラックに乗せて、落ち着いた歌や語りを聴かせる。ビートのある曲やギターが前面に出た曲もあるが、従来のイギーらしいラウドなロックンロールは一切なし。歌ものとポエトリー・リーディングの中間のような作品だが、声と音と空気が一体化して内省的かつ文学的な世界観を形作っている。
3年半ぶりの新作。今年になってイギーはNYのオルタナティブ・ヒップホップのパン・アムステルダムの楽曲“Mobile”に参加していた。このパン・アムステルダムの片割れであるジャズ・トランペット奏者レロン・トーマスが、本作『Free』のプロデュースを担当している。レロンの最新作『120 BPM Af』は、エレクトロニック・ファンク・ジャズの佳作だった。ビラルの『1STボーン・セカンド』への客演など、ネオ・ソウル系の仕事も多い。そしてもう1人のプロデュースはブルックリンのアンビエント~オルタナ系女性ギタリスト、ノヴェラー。イギーが彼女のアルバムを気に入り、ツアーの前座に抜擢したのがきっかけだ。
2人のやってきた音楽はこれまでのイギーの音楽性とはほとんど関わりがない。しかしイギーはそういう音楽家こそを求めていたはずだ。2人とも知る人ぞ知る存在で、決してメジャーとは言えない。だが昔からイギーはそうした人材を抜擢するのに躊躇がないのである。彼は 72歳になった自分に相応しい音を求めた。それがこれなのだ。
イギーは歌詞を3曲で書いているだけで、作曲には一切関わっていない。曲はほぼすべてレロンとノヴェラーが手がけ、レロンは5曲で詞も書いている。ルー・リードやディラン・トマスの詩を朗読している曲もある。つまりトラックに関してはレロンとノヴェラーに任せ、詞も多くは人が書いたもの。イギーは歌もしくは朗読にほぼ徹している。ここ数年イギーは年期を積んだ低音ボイスの魅力を買われ、語りに近いような落ち着いた歌を客演で披露する機会が多くなっているが、本作はそうした近年のイギーの志向を率直に反映したものと言えるだろう。
彼は長年自分をある意味束縛してきたタフなロッカーのイメージからも、エゴイスティックな自己主張からも、自分の「頭の中にある淀んだ思いや悩み」からも自由になり、より解放された、かつディープな表現世界に到達した。それが本作である。賛否あろうが、これは近年のイギーの最高傑作と思う。 (小野島大)
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