痛みと引き換えに生まれた傑作

エンジェル・オルセン『オール・ミラーズ』
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ALBUM
エンジェル・オルセン オール・ミラーズ

前作『マイ・ウーマン』が各種クリティック・ポールの年間ベスト・アルバム・リストに軒並み選出され、ボン・イヴェールシャロン・ヴァン・エッテンと共にインディ・フォークの牙城としての「ジャグジャグウォー」の看板アーティストになったエンジェル・オルセン。約3年ぶりの新作だが、オープニングの“ラーク”がいきなりのクライマックスだ。荒涼たる魂の地平に吹きすさぶオーケストラに圧倒され、彼女をかくも精神の際に追い詰めたものは何なのか、追い詰められながらもかくも激しく美しいドラマを描き出すに至った理由は何なのかと、想いを馳せずにはいられない6分間。そして歌詞カードに目を落とせば、その理由が1曲1曲に痛々しいほど克明に刻まれていることに気づくはずだ。《あなたを忘れるのは嘘をつくこと 乗り越えるのは簡単じゃない》(“ラーク”)と歌われるように、『オール・ミラーズ』は恋人との別離の衝撃が彼女を駆り立てた、いわゆる失恋アルバムだ。前作でも《永遠に私だけのものにならないあなた》(“ネヴァー・ビー・マイン”)について歌っていたエンジェルが、喪失の予感がついに現実になってしまったことに酷く打ちのめされる、それが本作の出発点なのだ。

あまりの傷心から一度は活動休止にまで追い込まれた彼女が、《あなたからの愛では足りなかった》《こうして書いたのは あなたを引き止められるかもしれないから》(“エンドゲーム”)と歌うように、未だ癒えぬ痛みも、ドロドロした未練も、思い出すたび独りの夜に深く沈む哀しみも、ここに全てを曝け出している。当初はソロ弾き語りとバンド・レコーディングの2枚組の新作を計画していたというが、こうして1枚全11曲に凝縮されたことで、彼女の内と外が一体となって広がっていくのだ。
 
14人の楽団員を引き連れての精緻なオーケストレーションが彼女の不安定な心象とシンクロし、極めてパーソナルに響く一方で、巣ごもりのように親密なチェンバー・ポップが、いきなりゴシックの廃墟に通じる秘密通路に迷い込んだかのような不穏な奥行きを湛えている。恋を知らない少女のような無垢の歌声と、孤独な老女の独白の間を行き来するボーカルも素晴らしい。プロデューサーには前々作『バーン・ユア・ファイア・フォー・ノー・ウィットネス』を手がけたジョン・コングルトンを再び起用。『マイ~』がエレクトロニックを取り入れてポップに開かれていったアルバムだったのに対し、彼女自身の内側を抉り出すような直接的なフォークのナラティブが復活しているという意味では、本作は原点回帰の一作だとも言えるかもしれない。 (粉川しの)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』12月号に掲載中です。
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エンジェル・オルセン オール・ミラーズ - 『rockin'on』2019年12月号『rockin'on』2019年12月号
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