昨年3枚目『ワッツ・イット・ライク・オーヴァー・ゼア?』を全英チャートトップ10に送り込み好調ぶりを示したサーカ・ウェーヴスの新作が早くも登場。アルバムはふたつのパートに分かれており、まず「Happy」パート全7曲が1月にストリーミングで公開され、3月に「Sad」パート7曲を加えた完全版『サッド・ハッピー』としてフィジカル/デジタルでリリースされる。これまで彼らのアルバムは前2作を担当したアラン・モウルダー始め、すべて外部プロデューサーを起用してきたが、今回初めてボーカルのキエラン・シュッダル自身が手がけた。もちろん全曲のソング・ライティングはこれまで同様キエランである。
キエランは本作のテーマについてこう語っている。「僕らは極端に半分に分かれた二つの世界に住んでいる。気候の破滅という危機に満ちた瞬間と、特に重要でもないことに気を取られて大声で笑う瞬間。幸福と悲しみが互いに排他的に感じられないような速度で、僕らの脳の中では感情が行き来している。これが『サッド・ハッピー』の青写真だ」
単純な二元論にも、単一的な価値観にも回収されない、複雑怪奇にこんがらがった世界の様相。悲しみと喜びはいつだって背中合わせで、いかようにも入れ替わりながら人生は回り続けている。曲調も「Happy」と「Sad」で明確に区分けされているわけではない。ポップだがどこか悲しい。メランコリックだがどこか突き抜けている。ノスタルジックでもありコンテンポラリーでもある。ニック・ドレイクやブルース・スプリングスティーンを引き合いに出しながら、とんでもなくポップでキャッチーなメロディでアメリカへの憧れと喪失感、引き裂かれた不安と孤独を歌う“ムーヴ・トゥ・サン・フランシスコ”が素晴らしい。タイトル曲“サッド・ハッピー”のMVやジ
ャケット写真に登場する白塗りのピエロのメイクをした人物が見せる泣き笑いの表情が象徴的だ。
前作に関してメンバーは「“ロック・バンドだから”という意識を捨て、良いと思うものはすべて取り入れた」と語っていた。今作は前作に比べオーソドックスなバンド・サウンドに戻った感があるが、聴いた感触はコンテンポラリーなポップ・ミュージックそのものだ。ロックがヒップホップやR&Bにのみ込まれつつある時代に、表面的にそれらの技法を取り入れたりするのではなく、テクスチャーや音響デザインやグルーヴで工夫を凝らしながら、いかにアクチュアリティのあるロック・バンドであり続けるか。本作にはそんなテーマも潜んでいる。(小野島大)
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