リップス版アメリカン・グラフィティ

ザ・フレーミング・リップス『アメリカン・ヘッド』
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ALBUM
ザ・フレーミング・リップス アメリカン・ヘッド

昨年『キングス・マウス』と『ザ・ソフト・ブレティン:ライヴ・アット・レッド・ロックス』の2枚をリリース、今年の春に出たディープ・ヴァリーとのコラボ作で話題を集めたのもまだ記憶に新しいF・リップスが早くもスタジオ新作を送り出す。4つのディケイドをまたぐキャリアを経て創造力がこうして再び加速しているのは嬉しい限りだし、ウェイン本人筆のPR文によればいまや7人編成の大所帯に進化した彼らは新たなグループ・アイデンティティを確立しつつある。そのいわば「20年代リップスの所信表明」としてウェインは「We're An American Band」なるフレーズを持ち出している。グランド・ファンク? はたまたヨ・ラ・テンゴ?――いやいやそうではなくて、彼の抱く今後のリップス像はグレイトフル・デッドパーラメントファンカデリックといった古典的かつネバーエンディングなアメリカン・パーティ・バンドのイメージだ、ということらしい。ウェインは90年代からデッドへの憧れを表明してきたし、リップスが長年培ってきたライブの祝祭空間とファンのコミュニティの絆の強さを考えればこのイメージは納得である。

というわけで派手で打ち出しの強い作風を予期してもいたのだが、サントラ的でコズミックなサウンドスケープとピンク・フロイド&ジョン・レノンというリップスの音楽的ルーツを軸とする楽曲のほとんどはスロー/ミッド・テンポでボーカルも霞むようなファルセットが中心だ(カントリー界の歌姫ケイシー・マスグレイヴスも数曲で凛とした歌声を添えている)。彼らのもうひとつの持ち味であるフラジャイルさとメランコリーが美しい音のパノラマとして立ち上がってくる、デイヴ・フリッドマンの仕事ぶりも素晴らしい。その繊細な表現とエモーションの根元にあるのは奇想天外なメタファーや寓話的なストーリーテリング――99年に発表された“レース・フォー・ザ・プライズ”が今ジャストに響くことになるなんて誰が想像しただろう?――が得意なウェインにしては珍しい、本作でのパーソナルなソングライティングだろう。自らの青春時代の光景や家族、友人らとの思い出がノスタルジーのスカイ・ランタンのように浮かんでは消える――彼も歳をとったということかもしれないが、『アメリカン・ヘッド』なる不思議なタイトルが「アメリカン・ドリーム」の言い換えであることを思えば、ウェインは貧しい労働者階級出身である自らの出自と体験を通じてアメリカの絵を描こうとしたと言える。アメリカン・バンドを自認し始めた彼らの新たな門出にふさわしい感動的な1枚だと思う。 (坂本麻里子)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』10月号に掲載中です。
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ザ・フレーミング・リップス アメリカン・ヘッド - 『rockin'on』2020年10月号『rockin'on』2020年10月号
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