コロナ禍で生まれた驚異の実験性とイマジネーション

ポール・マッカートニー『マッカートニーIII[スペシャル・エディション]』
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ALBUM
ポール・マッカートニー マッカートニーIII[スペシャル・エディション]

40年ぶりとなる『マッカートニー』シリーズの3作目だが、どうして今これなのか。それはコロナ禍で音楽制作についてはひとりっきりでするしかなくなったからだとポール・マッカートニー自身も明らかにしている。たとえば、70年の『マッカートニー』は、まだザ・ビートルズ解散の事実が伏せられていて、ポールだけがバンドで孤立していた関係から、セッション的な活動もままならなかったため、ひとりか、リンダとふたりで音源を制作したという内容だった。当時のビートルズをめぐる状況のいたたまれなさもあって、その音源をどうしても世に問いたくなってリリースすると、ポールはビートルズからの脱退を公表せざるをえなくなり、結果ビートルズの解散が明らかになってしまい、ほかの3人からはさらなる反感を買うことにもなった。

その後の80年の『マッカートニーII』の時はまだウイングスとして活動していたが、その活動に行き詰まりを感じていた時期だった。またニュー・ウェーブの台頭も気になっていて、ウイングスから離れてニュー・ウェーブ的なアプローチやシンセ・ポップ的なアプローチを導入していくという、ひとりっきりで行った試みがそのまま作品となったものだった。そして、この翌年、ポールはウイングスを解散させ、ソロとしての活動に転じることになった。

つまり、状況に強いられてごくごく個人的に制作に向かい、そこにほかのプロデューサーなども介在させない作品として成立したものが『マッカートニー』となるようだ。そして、『マッカートニーII』以来、40年にわたってポールがこうした試みを必要としなかったことは、つまり、その後の活動は順当な変遷を辿ってきたということにもなるはずだ。もちろんポール自身は、どこかのタイミングで自分の創作や活動に行き詰まりを感じたりする瞬間もあったのかもしれない。しかし、ポールは基本的に81年にウイングスを解散させた以降は、そうした問題の突破口をその時々に起用するプロデューサーに求めてきたのだろうし、そうやって難局を凌いできたともいえるのだ。実際、ポールはその時々で名うてのプロデューサーを起用しているので、やはりそうした問題は制作環境のなかで解決されてきたといってもいいのだろう。

おそらく二度と必要なかったかもしれない『マッカートニー』の前提となるそんな制作環境を、今回のコロナ禍であらためて強いられることになって制作したのが『マッカートニーIII』だ。しかし、『I』と『II』と較べると、実は特に追い込まれて制作しているわけでもないせいか、楽曲の多様性といい、それぞれの雰囲気やインスピレーションなど実に自由で、なおかつ刺激的な楽曲が揃っている。ひょっとしたら、今後また世の中が落ち着いたら、このアルバムのリメイクもあるかもしれない。

リリース前に公開された“Long Tailed Winter Bird”はまさにそんなひとりっきりで音をひたすら重ねていく作業を体現している曲で、ギターのささくれだったモチーフがなにやらこのコロナ禍の不穏さとよく呼応するものになっている。また、そう意図したのかどうかはわからないが、《ぼくに会いたいと思うかい? ぼくを感じることができるかい?》というコーラスが今の状況の閉塞感をよく表しているところなども何気に見事だ。

また2曲目(タイトルはまだわからない)のラブ・ソングは相手に自分はいつでもきみを待っているよと告げる内容なのだが、《ぼくは昼も夜もきみに対応中》《24時間対応中》などと、ロックダウン下ではありえなくなったフレーズを駆使し、《こんな日々がくると恐れたことなどきみはなかったのだろう/でも今では不安に押し潰されて/きみの水先案内人をさせてほしい/きみをここから助け出したい》というコーラスなどはまさにコロナ禍における心情を見事にモチーフにしたものだ。それだけでなく、キーボード・リフを軸としたこの曲の構成とアレンジの捻りっぷりも素晴らしく、ポールの底力を存分にみせてつけてくる。

ほかにも弾けまくったブルース曲、自分の行いがどれだけ他人を巻き込むことになるのかを世の妻、夫、愛人、女性らに向けて歌うピアノ・バラードなど、楽曲がどれも際立っていて、サウンドの深みも素晴らしい。その中でも傑出しているのが、人を愛する時に経験する深い心の痛みについて歌う6曲目だ。さまざまなモチーフが繋ぎ合わさった楽曲で、これこそまさにひとりでひきこもってこそ可能になる、どこまでも実験的なもので、ポールのインスピレーションとイマジネーションにはただ畏れ入るしかない。それにこうした実験性があってこそ、このアルバムは『マッカートニー』なのだ。(高見展)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』1月号に掲載中です。
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ポール・マッカートニー マッカートニーIII[スペシャル・エディション] - 『rockin'on』2021年1月号『rockin'on』2021年1月号
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