ロックは少年を飛躍させる

ジ・エナミー『ミュージック・フォー・ザ・ピープル』
2009年04月22日発売
ALBUM
ジ・エナミー ミュージック・フォー・ザ・ピープル
断片的に語るならこれは、オアシスのビッグ・サウンドであり、クラッシュの“ロンドン・コーリング”やジャムの“チューブ・ステイション”であり、『フーズ・ネクスト』の音響設計であり、隙あらばストリングス&ゴスペルなヴァーヴ風シンフォニーが詰まった作品である。しかしそれは断片の印象であって、本作の本質ではない。イングリッシュ・ロック・グレイツのマナーをスポンジのように吸収する素直な若者の急成長の様に、もはや目を細めている場合ではないのだ。リピートの何周目かにはぞくっとするような確信が背中を駈け抜けていくだろう。極論するなら、ジ・エナミーのようなバンドが出てくるから、私は英国産のロックを聴き続けているのだと思う。

かつて「俺達はこの街に生まれ、ここで死んでいくんだ」と歌った地方都市のラッドくずれの少年達は、僅か2年の歳月を経ていきなり「万人のための音楽」を鳴らそうとした。主体から客体への急カーブ、普通に考えれば無謀な話だ。「ファーストの頃の俺達は若すぎた」とトム(現20歳)は言っているけど、冗談じゃない、彼らは今なお疑いようなく未熟で未完な超若造である。しかし、本作で彼らが証明してしまったのは確かに成長と言うより飛躍であり、そして驚くべき飛躍を遂げてなお、未だ彼らの人生とそれが地続きであるというパラドックスである。自分達が立つ街角が世界の全てなのだという誤解が、強引に他の街の、他者の人生をも巻き込んでいくロックン・ロール。あの国の少年達は、稀にこんな奇跡を起こしてしまう。(粉川しの)
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