グラインダーマンでの鬼のジャム・セッション・レコーディング体験を経たニック・ケイヴ、5年ぶりの新作は、かつての毒を吐きながら足もとの俗物を蹴散らし爆走した姿が思い出せなくなるほど、慈しみや癒やし、歓喜に満ちたものとなっている。もちろんべったりと血糊のついたナイフは今も懐に抱かれてはいるが、もう無闇に振り回されることはない。キャリア最大のヒットとなった前作のキャッチーな部分は今回は薄れたものの昨年のカンヌ映画祭に出品されたジョン・ヒルコート監督の『ローレス』でも脚本を担当し高く評価されているように作家としての成熟が進み、それがみごとに反映されている。また南仏、プロヴァンスで共同生活をしながらの録音も演奏の密度を高めているし、元メンバー、バリー・アダムソン参加というアクセントもよく効いている。ニックですぐに連想されるカオティックな空間はここにはない。しかし表現はより深まり、全体で一編のロード・ムーヴィーに接したような気分になる。ドラマと複雑な暗喩が紡ぎ出すエンターテイメントは彼にしか到達し得なかった世界であり代表作の一つとなる傑作の誕生だ。(大鷹俊一)