スプーンのニュー・アルバム『ゼイ・ウォント・マイ・ソウル』がリリースされた。デビューから21年目の8作目、ビルボード初登場4位を記録した前作『トランスファレンス』から4年ぶり、実に堂々たる傑作に仕上がっている。4年の間に、ブリット・ダニエルはディヴァイン・フィッツとして活躍し、ジム・イーノは!!!をはじめ幾つものプロデュース・ワークをこなし、もはやスプーンになくてはならないキーボードを担当するエリック・ハーヴェイもソロ・アルバムをリリースした。私見だが、この休止期間については「煮詰まってきたから気分転換」とかいうものではなく、スプーンとしての新作をより強力なものにするため、各自が個別に表現の可能性を押し広げる経験を積んだのではないかという印象を持っている。さらに、デイヴ・フリッドマンとジョー・チッカレリの大御所2人を共同プロデューサーとして起用したことも、外部からの援助によってバンドを導いてほしいというよりも、もうスプーンは何をどうやっても大丈夫だという自信のもと、もっともっと新たな刺激を自分たちが得たいという積極性が理由となったのではないだろうか。実際このアルバムを聴いていると、スプーンはこれまで歩んできたのと少しも変わらず、己の力で記録を更新してみせたという感触が強く伝わってくるのだ。おそらく年末にはあちこちの記事で年間ベストにエントリーすること間違いなしの傑作『ゼイ・ウォント・マイ・ソウル』、これをさらに深く味わうべく、このページでは、あらためて彼らのキャリアをミュージック・ビデオとともに振り返ってみたい。

(文=鈴木喜之)

1All The Negatives Have Been Destroyed

1996年にマタドールからリリースされた、スプーンの記念すべきデビュー・シングル。若き日のブリットが「すべてのネガティヴは破壊された」とシャウトするストレートな青いパンク・ソングには微笑ましい気持ちにもなるが、この曲も収録されたファースト・アルバム『Telephono』を久々に聴き直してみたら、すでに音像の作り込みなどで現在の彼らに通じるセンスは表れている。機会があればチェックされたし。

2The Agony of Laffitte

スプーンにつきまとって強引にメジャー契約させ、アルバムが出来たところで何もかも投げ出してトンズラしてしまったロン・ラフィートというエレクトラ・レコードのA&Rへの恨み節を歌ったシングル。オリジナルは1999年にサドル・クリークからリリースされ、2002年になってマージからセカンド『シリーズ・オブ・スニークス』が再発された際に追加収録された。ちなみにタイトルは"The Agony of Defeat"のもじりで、B面の"Laffitte Don't Fail Me Now"は、ハービー・ハンコックの曲"Feets, Don't Fail Me Now"からきている。

3Jealousy

エレクトラから放り出され、「年収も7000ドルほどだったし、どうやって食っていたのかもわからない」というドン底の状態にいた彼らは、マージ・レコーズと新たな契約を得て危機を脱出する。手始めに、この"‪Jealousy‬"を収録したEP『Love Ways』を2000年にリリース。ここからスプーンの静かながら着実な逆転劇がスタートした。

4Everything Hits At Once

"‪Everything Hits At Once‬"は、2001年に出たマージからの初アルバム『Girls Can Tell』の1曲目を飾るナンバー。本作で各方面のメディアから高評価を得た彼らは、次第に「90年代オルタナティヴの負け組」から「2000年代USインディ界の最重要バンド」として認知されていった。‬

5The Way We Get By

2002年にリリースされた『Kill the Moonlight』は、ピッチフォークで「00年代の偉大なアルバム」として19位にランクインするなど絶賛される。シングル"‪The Way We Get By‬"は映画やテレビのサウンドトラックとして複数の映像作品で使用された。‬

6Small Stakes

『Kill the Moonlight』の冒頭に収められた"Small Stakes"は、クラウト・ロックからの影響がうかがえるキーボードの連打をフィーチャー、伝統的なロックンロールを継承するのと同時に音響面での実験を積極的に(でも、わざとらしくなく)取り入れていくスプーンのセンスが光る1曲。

7I Turn My Camera On

2005年にリリースされた『ギミー・フィクション』は、いよいよビルボードのナショナル・チャート44位に初登場。シングル"カメラのスイッチ"を筆頭に、数曲がやはり映画やテレビでサントラに使用され、ジワジワと効いてくるスプーンの良さは着実に幅広い層へ浸透していった。

8The Two Sides of Monsieur Valentine

『ギミー・フィクション』から、もう1曲。"ムッシュ・ヴァレンティンの2つの顔"と題された原曲に、「都会で孤独に生きる地味な男が、夜になると見せるもうひとつの姿」というような解釈で映像をつけた、なかなか面白いビデオ作品になっている。

9The Underdog

全米10位を獲得した『ガ ガ ガ ガ ガ』は、スプーンの成功を改めて大きく世間に印象づけた。リード・シングルの"ジ・アンダードッグ"は、珍しく外部プロデューサー(※エイミー・マンとの仕事で知られ、カニエ・ウェストからスカイ・フェレイラまで手がけるジョン・ブライオン)を起用した、軽快なホーンが粋な人気曲。

10Don't You Evah

雑誌『WIRED』の企画で、日本製のロボット=キーポンをフィーチャーしたビデオにスプーンの"ドント・ユー・エバー"が使われることになり、ブリットとジムのふたりはビデオにカメオ出演するためだけに来日。「旅費も宿代も向こう持ちだし、ちょっと撮影しただけの実働で、あとは美味しい日本の食べ物をたっぷりごちそうしてもらえた美味しい仕事だった」とブリット。

11Got Nuffin

"ドント・ユー・エバー"のシングル・リリースから1年ちょっと後の2009年、早くも登場した新曲。これはスタジオ・ライヴ・ヴァージョンで、触れれば切れそうなカッコよさが炸裂している。

12Written in Reverse

2008年に待望の初来日公演を実現した際、今後の活動ヴィジョンについて訊かれたブリットは「めでたく全米10位もとったことだし、これからはみんなをギョッとさせるような変なレコードを作り続けるしかないでしょ」と冗談まじりに答えていた。やがて完成したアルバム『トランスファレンス』(2010)は、その言葉通り、トラディショナルな面よりもエクスペリメンタルな面を強調したバランスのレコードになったと思う。リード・トラック"‪Written in Reverse‬"も、タイトルそのままにどこかネジくれたようなアレンジだが、こうしてライヴで再現されると、いっそう強烈な魅力を放つ。

13Rent I Pay

待望の最新作『ゼイ・ウォント・マイ・ソウル』のリリースに先駆け、アメリカのラジオ局NPRを通じて、アルバム1曲目に収められたリード・トラック"レント・アイ・ペイ"がライヴ演奏の映像で披露された。こうして見てくると、彼らはスタジオでの実験をライヴでは別物と切り離すのでなく、そのまま生演奏でも先鋭性として発揮できる希有な技量を持ったバンドなのだと実感する。

14Do You

最後に、公開されたばかりの"ドゥー・ユー"のオフィシャル・ビデオ・クリップ。先にクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ"スムーズ・セイリング"のビデオでも異才ぶりを発揮していたヒロ・ムライ氏が監督を務め、ブリットが車を運転しているだけの地味な内容かと思いきや、やがて背景には不穏な様子が映し出されていき……。2分34秒頃に問題の影が車の窓に映り込む。映像も最高、曲も最高!

提供:ライヴリィ・アップ

企画・制作:RO69編集部

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