【インタビュー】この男、全身全霊エンターテイナー。ジャンルもカルチャーも超え踊らせ笑わせるポップスター・SKRYU、いざ新たな天地へ

【インタビュー】この男、全身全霊エンターテイナー。ジャンルもカルチャーも超え踊らせ笑わせるポップスター・SKRYU、いざ新たな天地へ
あなたは知っているだろうか。2025年秋、ひとりのラッパーがパンツ一丁で幕張メッセの宙を舞ったことを。たぶん、史上初の出来事だったのではないだろうか。そもそもHIP-HOPアーティストとして幕張メッセ国際展示場(4・5ホール)でワンマンをすること自体が初めてだったそうだし。

なぜ彼は飛んだのか? 理由はこのインタビューから見えてくる。端的に言えば振り切れたエンターテイナー気質で、おまけにやる人がやれば「何やってんだ?」と引かれてもおかしくないラインを「まあ、あいつならアリかも」と飛び越えてしまえる生来のキャラクターも持ち合わせており、音もパーソナルもとにかく人たらし。2月25日にEP『絶』でメジャーデビューを果たし、音楽シーン全体にその名を轟かせていくであろう異色のラッパーSKRYUは、一体どこからきて、どこへ行くのだろうか。

インタビュー=風間大洋 撮影=オノツトム


心にある弱さを歌詞にして、かっこいいって言ってくれる奴がいて、自分を肯定できる。
これが僕のHIP-HOPじゃないかと思ってます

──EP『絶』、取材の予習であることを忘れて楽しんじゃいました。ジャンル抜きにエンタメとしての気概を強烈に感じて。

嬉しいです、そう言ってもらえて。踊れて楽しいかどうかを追求しておりまして、笑ってもらいたいので歌詞もふざけまくってるんですけど(笑)。

──そういうマインドがどういうふうにできあがってきたのか知りたいんですけど、まず幼少期はどんな子でした?

親としては、心臓が何個あっても足りないくらいだったらしくて。高いところに登るのが好きで、登り棒の上に仁王立ちして「見て見て!」ってしたり、木の上から落ちて怪我してみたり。いい言い方をすればめちゃくちゃアクティブで目立ちたがり屋でお調子者。それは、SKRYUの根底にある部分と言われればそうかもなと思いますね。地元が島根県の安来市ってとこで、ほんまに人がいないし何もないところで。「何もないがある」ってよく言いますけど、うるせえ!って感じです(笑)。

──モノも情報もなんでも手に入るわけではない環境で育ったことって、その後の自分に何か影響したと思います?

作用したと思ってます。遊ぶとなっても駅前のサティとかコンビニの裏とかで集まってくっちゃべるだけだったんで。喋ることが遊びだったのは、言葉を仕事にするうえでよかったですね。

──音楽という形の自己表現にはどう繋がっていったんですか。

高校の時に『高校生RAP選手権』というMCバトルのドデカブームが起こって、悪い友達が「ラップ聴いてみろ」ってイヤホンを渡してきたんですけど、「なんや、ラップって」「調子こいて悪がってるだけやろ」って思ってたんです。そういうのいちばん嫌いなタイプで。でも聴いてみたらヤバすぎて、イヤホンをぶん投げたんですよ。その時聴いたのがT-Pablow対かしわの関東関西対決で、「もう飽きちまったよ 大阪の即興 俺のほうが似合う 王様の称号」が初めて聴いた韻なんですけど「うわぁ、気持ぢいぃ!」って(笑)。ちょっと悪いこともユーモアをもって言える、こんな面白いことがあるんやって。ラップに対するイメージをマジでひっくり返されました。

──そこから一気に。

はい。愛媛県の大学に進学してサイファーという現象に出合って、SKRYUを名乗るようになりました。あとは子どもの頃に聴いていた音楽もわりとルーツとして影響してて。母親の車で聴いた宇多田ヒカルやBoA、mihimaru GTとか、小学校のミニバスの監督の車でよくかかってた德永英明も覚えて、“レイニー ブルー”とか歌ってましたね。人前で披露した原点は、高校の文化祭でチャゲアス(CHAGE and ASKA)を歌ったり、物理の先生のモノマネでラップした時かもしれないです……僕、目立ちたがり屋なんですよね。悪目立ちでも気持ちよくなっちゃうし、ピエロになりたいというか。それでみんなが笑ってくれるなら全然かっこいいし、気持ちいいなっていう。

──今やってることの根っこですね。

そうっすよね。なんで幕張で裸で吊り上げられなきゃいけないんだろう?って。でもあれは本当にやりたかったことなんです。あれがやりたいがために真面目に2時間歌った。『おまえ、脱げる身体じゃないよ』って呂布カルマさんから言われましたけど(笑)。


「変顔だったら天下取れるよ」って親友に言われたことがあって。ボディランゲージも含め、口から発するもの以外でも勝負を懸けてる節はあります

──言葉や発想だけじゃなく、自分のあらゆる要素で笑って楽しんでほしい。

マジでそうですね。すべてを使いたい。「おまえは面白い話はそんなにできないけど、変顔だったら天下取れるよ」って親友に言われたことがあって。そういう意味ではボディーランゲージも含め、口から発するもの以外でも勝負を懸けてる節はあります。

──音楽的なスタイルはどんなふうに確立していったんですか?

MCバトルとかやりながら、90年代のオールドスクール、往年のブーンバップとされるものに自分の声を乗せてRECしたのが初めてですかね。当時はラップにメロディを乗せてる奴なんて全員フェイクだという尖りもありました。でもそれだと全然しっくりこなくなっていって、ふざけててちょっとコミカルなメロディをつけてもいいんじゃないかと思い始めてから、変わっていきましたね。

──MCバトルの競技的な部分と音楽作品を発表していく活動って、かなり違った土俵ですよね。

脳みそは全然違いますね。MCバトルならクオリティの低いことを言っても、これは「即興だから」っていう枕詞を言えちゃうじゃないですか。本当に伝えたいこととか、熟考した言葉遊びやリズムにはより高尚なイメージがあるし、かっこいい曲が書けた時は嬉しいんですよね。僕が出会ったサイファーはすごく環境がよくて、フリースタイルはカルチャーのほんの末端でしかないから、クラブに遊びにいってライブをしなさい、ライブでかっこよくなきゃいけないっていうことも、英才教育ですべて教えてくれました。だから、ずっとかっこいい曲も書きたいなというのも並行して思ってました。

──なるほど。

よく思ってるのは、自分の嫌なところを歌詞にすることで。後ろめたい過去とか、どこにも吐き捨てられないゴミみたいな感情でも、音の上でかっこよくできれば自分を肯定してあげられる気がするから、音楽って無茶苦茶すげえなって思う。生まれ育ちはどうあれみんな心に後ろめたさや弱さ、気に食わないことは絶対あると思う。HIP-HOPがアウトローな人たちの文化だとは、俺はもう思ってなくて。心にある弱さを歌詞にして、かっこいいって言ってくれる奴がいて、自分を肯定できる──これが僕のHIP-HOPじゃないかと思ってます。ただ、MCバトルを経たことで、骨太なイメージもつけることができたというか。無名な奴がエントリー費2000円を払ってステージに上がって、曲も持ってない人間が言葉ひとつでお客さんを沸かせる。マジで『8 Mile』みたいで、とんでもないことやってるよなとは思っていて。ラッパーとしてのルーツが本当にいい環境だったし、そういう意味では他にいないアーティストだなとは思いますね。ちゃんと根っこはあるけど──。

次のページおちゃらけるスタイルだけど、でも音楽を聴いたらレベル高いことやってるよねって。やると決めたらどれだけ楽しませられるか、自分で正解にするしかない
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