4月4日の札幌を皮切りに、全国17公演を行ったツアー『空から降ってくる vol.7 ~空想する春のマシン~』の最終日、中野サンプラザホール。冒頭、People In The Boxの3人は、山口大吾(Dr)が「ツアーファイナルやぁ~!」と、抑えきれない気持ちを爆発させてハイテンションな雄叫びを上げて登場したが、そのあと波多野裕文(Vo・G)は「ライブハウスをまわってきたので、(客席に)椅子があるのって違和感がすごい。今日はみんなの内的な炎がほとばしるように、シュワーって酸素を送っていきます」と、こちらは詩的な表現で会場に語りかけ、「えっ? それ、どういうこと?」なんて、笑いながらつっこみを入れた福井健太(B)も「ファイナルなんで、全力で行きます!」と明るく宣言。まさに三者三様の風情で、ありったけのエネルギーをぶつけるスリリングな演奏もあれば、古い童話やメルヘンのような、優しさと同時に謎や毒のある世界観も魅力のPeople In The Boxの音楽に、どこか通じる3人のやりとりだった。自主企画イベントとして恒例となった『空から降ってくる』シリーズの第7弾。今回もゲストは使わずに3人だけの演奏で、雄大なスケールのロック・アンサンブルと最小単位の親密な音の会話、無限大と繊細な機微の両面を楽しめた、贅沢なライブだった。
場内が暗転すると、「チクタク、チクタク」と、時計を思わせるおなじみのSEが流れだした。その時計は一定の時を刻むのでなく、不規則で、次第に時間のタガが外されていく。そこにノイジーなギターリフとタイトなドラムパターンが塊となって突き刺さる“ストックホルム”のイントロが、突如、打ち鳴らされる。まさに、目が覚めるような瞬間。2曲目の“時計回りの人々”(タイトルがまたピッタリ)とその次の“潜水”も、この流れで聴いてみると、基本になっているギターフレーズが、時計の「チクタク」に聴こえてくるから不思議だ。そしてギターの「チクタク」に絡みついたり、戦いを挑んだりするドラム&ベースのリズムセクションとのコントラスト。People In The Boxというバンドを、現実世界とは別の時間を刻んでいる1つの「マシン」として空想してみたらどうだろうなんて思いたくなる、見事なオープニングだ。明るいメロディが高らかに奏でられた“はじまりの国”で、会場全体にハンドクラップが広がり、一体感が波打った。彼らの別種の「時間」が、会場の隅々にまで行き渡っていく。さあ「はじまり」である。
最初のハイライトとなった“市民”からの3曲。People In The Boxの多重人格的といえるほどに多様で、変化にとんだ音楽性を堪能できたセクションだった。変拍子のリズムと複雑な曲の構成によって、見たこともない異形の怪物が猛スピードで通過していく感覚の“市民”。それに続いて、波多野のボーカルが、少年少女たちの純真無垢で汚れなき世界へと我々を誘いながら、最後にそれを残虐と暴力に反転してみせる“金曜日 / 集中治療室”へ。“冷血と作法”では、ダークで陰鬱な現実がやがてファンタジーへと飛翔し、明るい騒乱状態へ変化していく。緊張と緩和を織り交ぜながら、ハードにエモーショナルに音を鳴らす3人の姿を、オーディエンスは、一瞬も見逃すまいと食入いるように見つめている。ダイブやモッシュなど、激しい肉体的な反応こそ少ないが、それだけいっそう、People In The Boxの3人と一緒に未知の音楽領域を体験したいという、期待と焦燥がないまぜになった客席の一体感がピリピリと伝わってきた。
そのあと「今回のツアーでは、新曲もやってます。中野のみんなのために、新曲、用意しました~」と演奏とのギャップがありすぎて楽しい山口が、カン高い声でユーモラスにMCをし、会場の歓声を浴びて始まった“もう大丈夫”“さまよう”“おいでよ”の新曲3曲。いずれも現時点の最新アルバム『Weather Report』収録曲に連なるような、映像喚起的で、聞き手の想像力を刺激する楽曲だった。珍しく1つのパターンを繰り返すシンプルなリズムの“もう大丈夫”は、単調さが逆に新鮮で、わずかだがクラブテイストも感じさせる。“おいでよ”はビートポップ風の明るいメロディが特徴だ。ちなみに「中野のために新曲を用意した」という山口の発言は、彼らしい悪いジョークで、「いまいったこと、完全にウソです」とすぐさま波多野と山口が種あかしし、その生真面目さが彼らしくて微笑ましくもある。「オレたち、クイ気味に否定しちゃったね。やっぱ心臓、弱いね」と山口も笑う。
“ブリキの夜明け”“マルタ”“八月”では、改めて波多野のメロディメイカーとしての才能の確かさを確認した。透明感ある彼のボーカルとギターのアルペジオが、山口のドラマチックなドラミングと重なって、キャッチーなリフレインとともに広大な空間へ突き抜けていく“ブリキの夜明け”のカタルシス。福井の太いベースのフレーズが異国的な風景を描いてみせた“マルタ”や、伸びやかなメロディが陽光のぬくもりを感じさせる“八月”も、メロディが一度身体に入ると、そのループからなかなか抜け出せない魔術的な魅力を備えている。“八月”の最後のパート、同じメロディを、リズムパターンを変えて何度も繰り返すアレンジは、彼らの特徴といえる円環するメロディとリズムをよく体現していた(やっぱりここにも、時計的なメタファーが?)。
そしてライブは“ニムロッド”“完璧な庭”“球体”とキラーチューンを連打するスリリングな最終コーナーへと突入していった。柔と剛を操り、ファンキーなリズムをポストパンクに編み直した“ニムロッド”、フリーキーに叩きまくり、スケール大きなロックドラミングを聴かせる“完璧な庭”など、山口の真骨頂たる切れ味鋭いドラムが全体をグイグイ引っ張る。スネア、タム、クラッシュと叩き出したら止まらない全身の動きは、ノイジーな破壊と甘美な創造を両手に握った鬼神のようだ。一方“球体”では、福井の粘りのあるベースがうなりを上げた。透明感あるメロディに激辛のインダストリアル/オルタナ系ベースが加わり、曲は刻一刻と表情を変え、何が起こるかわからないスリルをはらんでいく。本編の最後に奏でられたのは“JFK空港”。壮大なサウンドスケープのなか、スポークンワーズでゆっくりとイメージを放射しながら、後半は張り詰めた轟音ギターノイズとともに高らかに歌い上げ、ラストにはあの「みて 晴れた 空から降ってくる」という最終フレーズへ。どこまでもドラマチックな大団円である。
ダブルアンコールに応えたこの日の彼ら。“ダンス、ダンス、ダンス”“旧市街”そして“ヨーロッパ”へ。目まぐるしい場面展開を行いながら、すさまじい集中力でフルテンションのアンサンブルを軽々とこなし、爆音のなかにオーディエンスを釘付けにしていった。止まることなく過ぎ去る時間の流れを、瞬間ごとにスパっと切断して見せてくれるような、戦慄のライブ体験。会場のファンが、固唾を飲んで見つめたのは、People In The Boxのライブでしか味わえない、こんな永遠の感覚だったのではあるまいか。
最後のMCで「近いうちに発表できることがあります。いい意味で」と山口は語っていたが、ライブ終了後、メンバーが去ったあと、ステージ後方のスクリーンに、映画のエンドロールのようにセットリストやスタッフクレジットが流れ、そのあと「重要なお知らせ」として、ニューアルバム『Wall, Window』、ニューシングル『聖者たち』のリリースが8月6日に決定した、との告知が掲示された。「近いうち」ってこんなに近いのか!?と思いながらも、新作でまたどんな新境地を見せてくれるのか、夏がまた、ますます楽しみになってきた。(岸田智)
■セットリスト
01.ストックホルム
02.時計回りの人々
03.潜水
04.はじまりの国
05.市民
06.金曜日 / 集中治療室
07.冷血と作法
08.もう大丈夫
09.さまよう
10.おいでよ
11.ブリキの夜明け
12.マルタ
13.気球
14.八月
15.ニムロッド
16.完璧な庭
17.球体
18.鍵盤のない、
19.JFK空港
(encore1)
20.ダンス、ダンス、ダンス
21.開拓地
22.旧市街
(encore2)
23.ヨーロッパ
People In The Box@中野サンプラザ
2014.05.31