クリープハイプ/新木場STUDIO COAST

クリープハイプ/新木場STUDIO COAST - All photo by Takeshi ShintoAll photo by Takeshi Shinto
クリープハイプのライブを観て、こんなにも幸福感に満たされることはかつて無かった。むしろ、考えもしなかった、と言った方が良いかもしれない。『泣きたくなるほど嬉しい日々に』を携えて全国23公演を巡るツアー「今今ここに君とあたし」の16本目にあたる、新木場スタジオコースト公演の2日目。ツアーは今後、12月4日(火)の広島まで続くので、このライブレポートでは演奏曲や演出のネタバレを控えめにしたい。以下、印象的なことを中心に進めたいと思う。

クリープハイプ/新木場STUDIO COAST

まず、『泣きたくなるほど嬉しい日々に』は、クリープハイプ史上随一と言える音楽性の多様さを備えたアルバムであり、その収録曲がライブで色とりどりの花を咲かせるはず、という期待があった。これは見事に期待どおりで、初っ端から「その曲のそんな立ち上がりかよ」とか、「その曲でこんなに盛り上げるのかよ」とか、過去作を引っ括めてとてもおもしろいセットリストで構成されているのだ。

来春にスケジュールされた追加公演(ホール公演)「こんな日が来るなら、もう幸せと言い切れるよ」の特設サイトで尾崎世界観(Vo・G)がコメントしているとおり、新作曲は今回のツアーで重要な役割を担いながらもそのすべてが披露されているわけではない。しかし、バンドの4人やオーディエンスは当然のこと「クリープハイプの曲たちが喜んでいる」、そんな手応えのライブになっている。尾崎だけでなく、長谷川カオナシ(B)もエピソードトークから巧みに次の曲の演奏に繋げてしまうあたりに、「曲が喜んでいる」ムードが助長されているのかもしれない。

クリープハイプ/新木場STUDIO COAST

「今今ここに君とあたし」というツアータイトルは、周知のとおり同名の新作曲“今今ここに君とあたし”から引用されている。その曲には、《昔々あるところに/独特の世界観を持ったバンドがおったそうな/変な声だと村人から/石を投げられて泣いていたバンドを救ったのは/変な感性を持った変な村人だった》という、尾崎の迸るようなスポークンワードが織り込まれていた。つまり、今のクリープハイプの活動は「バンドが救われた」という経験の上に成立していて、今回のツアーは《変な村人》=ファンとの、ヒリヒリするようなロマンスの機会となっている。これが、幸福感に満たされないわけはない。

では、ささくれだった記憶を音に乗せ、吐き捨てるように歌っていたクリープハイプがぬるくなってふやけてしまったかというと、そんなことはありえない。相変わらずフロアに挑発的な言葉を投げかけていた尾崎の姿に甘えは皆無だったし、ときには同期を用いながらも、多様な楽曲の華やかさや豊かな情感を4人の演奏スキルによって担い続けている。“今今ここに君とあたし”の性急なスタートダッシュを決めようとするとき、直前のMCとの折り合いがつかず仕切り直しになってしまったところも、なんか生々しくて逆に良かった。

クリープハイプ/新木場STUDIO COAST

「楽しくライブをさせてくれてありがとう。どうしたら少しでも良いライブができるか、少しでも良い思いをしてもらえるかって、よく考えるんだけど、なかなか分からなくて。このMCも何を話すか決めないで話してるから、ドキドキするし。普通に曲をやって、普通にライブをすれば、良かったって思って貰えるのかもしれないけど、せっかくクリープハイプを好きでいてくれるんだったら、もっと深いところまで行きたいなって。答えは分からないけど、ずっと探して行きます」。

ライブが進むにつれて、ハスキーがかった味わい深い歌声を響かせていた尾崎は、そんなふうに語っていた。この幸福感に満たされたライブも完成されたものではなく、手探りでたどり着いた通過点のひとつなのだ。そもそも、そんなふうに過程を楽しみながら共有することを、我々はライブと呼んでいたのではなかったか。そういう意味でも、素晴らしいライブ体験であった。

クリープハイプ/新木場STUDIO COAST

最後にひとつ。詳細なネタバレは控えるけれども、今回のツアーは視覚的な演出がとてもいい。クリープハイプは殺風景なステージで鋭利な、ときに濃厚なロックを奏でる姿が似合うと思っていたが、今回の演出はオーディエンスが楽曲に没入することを阻害することなく、楽曲を引き立てるアイデアが練り上げられていた。今後の各地公演に足を運ぶ方はその辺りにもぜひ注目して欲しいし、来春のホールツアーに向けて楽しみなポイントがまたひとつ増えた。(小池宏和)
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