All photo by 伊藤岳
●セットリスト1.たかぶる
2.ワレワレハニンゲンダ
3.アナグラ生活
4.来ないで
5.爆音
6.風のうた
7.素晴らしい世界に
「これからも自分のやれる事を精一杯やって、いつまでもダラダラと生き続けてやろうと思います」と、
渋谷すばるは
自身のインスタグラムに書いた。彼にとって初の生配信ライブとなる「渋谷すばる Special Studio Session」を控えての書き込みだった。「ダラダラ」と書くあたりに彼らしいユーモアというか照れ隠しが見え隠れするわけだが、蓋を開けてみれば「ダラダラ」とは程遠い、熱く、不器用なほど真っ直ぐに、そして音楽の喜びと共に生きている今の彼の姿を、3万人強のファンがリアルタイムで目撃したのが、「渋谷すばる Special Studio Session」だったのだ。
11月11日(水)に待望のセカンドアルバム『NEED』をリリースする渋谷は、この日のライブも『NEED』収録の新曲“たかぶる”で幕を開けた。そっけないカウントで緩く始まったジャムが、瞬く間にタイトなパンクロックへと絞り込まれていく。「おれにはわかるぜ、おまえの気持ちが」と一語一句を噛みしめるように歌う渋谷の声も、どこまでも明瞭で迷いがない。『NEED』で彼が獲得した揺るぎない自信のようなもの、ソロアーティストとしての成長が瞬時に理解できるオープニングだ。
そこから間髪入れずに転がり込むのが“ワレワレハニンゲンダ”だ。容赦無く歪みまくるワウ・ギターとヒプノなハモンドオルガンが猛烈にかっこいいガレージパンク(時々ガレージサイケ)仕様で、ライブをやりたくて仕方がなかった彼らの渇望と、ライブツアーを中断せざるを得なかった無念とが渾然となって叩きつけられていく。
「こんばんはー! 今日はたくさん観てくれてありがとうございます」と渋谷。彼はiPadをスクロールしながら、滝のように流れ続けるファンからのコメントを興味津々といった面持ちでチェックしている。その後も何度かiPadタイムが設けられ、「おっ、28000(人視聴)! ありがとうございます」と嬉しそうな彼の表情を間近で観ることができるのもインタラクティブな配信ライブの醍醐味だろう。小さなが画面越しではあるけれど、大会場のライブとはまた異なる臨場感がそこにはあった。
配信ライブだからといってスケールダウンしたローキーなものではなくて、この日の彼らのパフォーマンスは、100%の出力で繰り広げられるフルバンドセットだった。会場は天井が高く大きなスタジオで、その音響の素晴らしさと映像の鮮明さ、凝ったカメラワークにも驚かされる。スタジオ内は明るく、渋谷の表情やバンドメンバー一人ひとりのプレイがよく観えるのも新鮮だ。全てが開けっぴろげというか、真っ暗闇の会場にぼんやりと浮かび上がる渋谷たちを、遠くから固唾を飲んで見守るようなストイックな体験だった
ソロファーストツアーと比較すると、バンドも随分とリラックスしているように見える。
そんなバンドのコンディションの良さが存分に発揮されたのが“アナグラ生活”、“来ないで”、“爆音”の流れで、やり慣れたファーストアルバム『二歳』の曲をさらにブラッシュアップしていくパフォーマンスだ。特に“爆音”は彼らの汗や荒い息遣いまでリアルに感じられそうな圧巻のパフォーマンスで、ブレるのもお構いなしにグイグイと渋谷たちに接近し、白熱の瞬間を切り取っていくカメラワークは、伝説のロックバンドのドキュメンタリーを観ている気分にさせられる。腰を落としてこの日初めてのギターを弾きまくっていた渋谷の、感極まった「初期衝動!」のシャウトには痺れるしかなかった。
そんな“爆音”が『二歳』の渋谷の到達点としてのパフォーマンスだったとしたら、この日のライブの最後を飾った“風のうた”と“素晴らしい世界に”は、ニューアルバム『NEED』の渋谷のこれからを予感させるパフォーマンスだった。“風のうた”はユーモラスな歌詞とは裏腹に、さざ波のようなピアノといい、
ビートルズを彷彿させるコード進行といい、どこまでも美しくリリカルなナンバーだ。ゆらゆらと揺れながら歌う渋谷の可愛らしさ、自分の音楽と向き合う柔らかな表情も特筆すべきだろう。
かつての彼は、『二歳』の渋谷すばるの歌は、徹頭徹尾「ぼくのうた」だった。彼は生きるために、自分が自分としてあるために歌に全てを賭していて、それは退路を絶った魂の叫びだった。そんな前作と比べると、『NEED』のナンバーは「ぼくのうた」であり、「ぼく」と「あなた」の歌でもあると感じる。サウンドは緩急を増し、鮮やかな色彩を得て、「ぼく」が生きるこの世界をフィールドとして広がっていく。そんなシンガーソングライターとしての、物語の語り手としての飛躍的な成長を感じさせる新曲だったのだ。
ラストの“素晴らしい世界に”の前に、「みんなで楽しく生きていきましょう。誰もひとりじゃないよ」と、渋谷は言った。それは新型コロナウイルスの感染拡大によって、不安な日々を過ごす一人ひとりに向けた言葉であり、『NEED』で彼が垣間見た「ぼく」と「あなた」の絆でもあったのではないかと思う。「昨日までの景色が今は変わった」と歌う“素晴らしい世界に”は、このウィズコロナの時代に深く刺さるメッセージソングだが、それでも渋谷は「今、世界は素晴らしい」のだと歌う。まばゆいバックライトに包まれ、ゴスペルのように鳴り響いた完璧なクライマックスだったし、3万人超のオーディエンス(そう、「視聴者」ではなく「オーディエンス」と呼ぶべきものだった)がそこに居合わせたという事実に、やりきって晴れやかな渋谷の笑顔に、希望を感じずにはいられなかった。(粉川しの)