ダニエル・ジョンストン @ ラフォーレミュージアム原宿

昨年10月にニュー・アルバム『イズ・アンド・オールウェイズ・ワズ』をジェイソン・フォークナーのプロデュースでリリースしたダニエル・ジョンストン。7年ぶりとなる今回の日本ツアーでは本来なら昨日2月8日に大阪・心斎橋クラブクアトロでライブが行われる予定だったが、2月6日まで公演を行っていたオーストラリアの悪天候でフライトに遅れが出たため、大阪公演は急遽明日10日に延期された。ということで今日がツアーの初日。

ダニエルは開演時刻から15分遅れて登場。だいぶ突き出たお腹に小さなヘッドレス・ギターを乗せるようにして抱え、最新アルバムからの“ロスト・イン・マイ・インフィニット・メモリー”に入る。彼のキャッチ・フレーズとも言うべき「ハイ、ハウ・アー・ユー」という歌詞で始まる曲だ。

例によってギターの演奏は心許ない。曲のテンポが急に変わったり、ハイ・フレットのコードでは音がちゃんと出ていなかったりする。それも彼の持ち味の1つなのだということは分かっていても、眉根を寄せ、手を震わせながら演奏されるとやはり観ながらハラハラしてしまう。でもそんな不安定さがそのまま求心力になっているところが彼のすごいところだ。ダニエル自身は曲が終わるとジョークを飛ばしたり、「日本といえば、子どもの頃に観た『キングコング対ゴジラ』、あれはホント最高だったよ」と話したりと至って平気な様子。

9曲終わってからふと思いついたようにピアノに移り、“ラブ・エンチャンテッド”と“ウィズアウト・ユー”を演奏すると、「一旦休憩するよ。別のギター・プレイヤーを連れてまた戻ってくるから」と言って退場してしまうダニエル。客電がついて5分経ち、「友達のブレットだよ」と紹介しながら新作のスリーブでも謝辞を捧げているギタリストのブレット・ハーテンバック(Brett Hartenbach)と一緒にステージに再登場する。

ダニエルがマイク・スタンドを両手でぎゅっと握り締め、歌に専念したここからが今夜のハイライトになった。“ライフ・イン・ヴェイン”や“ヘイ・ジョー”など活動最初期の曲からニュー・アルバムの“マインド・ムーヴィーズ”や“フェイク・レコーズ・オブ・ロック・アンド・ロール”まで、さらにはビートルズの“悲しみはぶっとばせ(You've Got To Hide Your Love Away)”やジョン・レノンの“孤独(Isolation)”のカバーまで、リズムを効かせたアコースティック・ギターに乗せられる少年のようなハイトーンのボーカルは、過ぎ去った時への優しい郷愁に満ちている。

それから「聴きたい曲はある?」と客席に訊ね、リクエストに答えて始められたのはなんと“スピーディング・モーターサイクル”! ヨ・ラ・テンゴによるカバーも有名なこの曲で会場の歓声は最高潮に達し、アンコールでは畢生の名曲“トゥルー・ラヴ・ウィル・ファインド・ユー・イン・ジ・エンド”も披露される。その後会場が明るくなってBGMが流れ出しても拍手は鳴り止まず、ダニエルは再度ステージに登場して鎮魂歌のような曲(おそらく“ウォーリード・シューズ”の別バージョン)を無伴奏で歌った。

その技巧や彫琢の欠如にもかかわらずダニエル・ジョンストンの楽曲が聴く者を引きつけてやまないのは、そこに彼自身のエゴがほとんど含まれていないからではないかと思う。彼が「僕はいつもアーティストになりたかった。いつも有名になりたかった。僕は一生懸命曲に取り組み、今では生計を立てられるようになった」とインタビューで語っているかなり意識的なミュージシャンであることは忘れてはいけないと思うけれど、結果として出来てくる曲に全く野心がないところに彼の不思議がある。

一時期のカート・コバーンがダニエルのイラスト付きTシャツを好んで着用したことも、2004年のコンピレーション盤『ダニエル・ジョンストンの歌』にベックやトム・ウェイツを始めとする多数のアーティストが参加したことも、最近ではヤー・ヤー・ヤーズのカレンOが映画『かいじゅうたちのいるところ』のサントラのために“ウォーリード・シューズ”をカバーしたことも、ダニエルの曲が持つそんなスウィートな欠落感に惹かれてのことではないだろうか。第一線で活躍するアーティストたちを長年にわたって巻き込んできたその激しいダイナミズムを、我々オーディエンスは2月の原宿で確かに目の当たりにすることになった。(高久聡明)
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