これまでツアーしたことのない場所で、それぞれ異なる新曲を披露するというコンセプトのもとに行われたNICO Touches the Wallsの『TOUR 2010 ミチナキミチ』。福島県郡山を皮切りに、埼玉、岐阜、長崎、山口、兵庫とまわって、いよいよ神奈川でのファイナルを迎えた。この日はもともとすこぶる天気がよくて暑い日だったのだが、2千人のオーディエンスが詰めかけた横浜ブリッツは開演前から汗が滲むような熱気である。本編途中、光村の問いかけによって分かったことなのだけれど、長崎公演までニコを追いかけたというファンもちらほら。そんな熱い信頼感に支えられて迎えたツアー・ファイナルであった。
これまでの作品からほぼまんべんなく楽曲が選ばれた、オール・タイムなセットリストでステージは進行してゆく。アップテンポなナンバーにしてもゆったりした美曲にしても、ニコのパフォーマンスはラップの細やかなフットワークや華やかなダンス・ミュージックの推進力を踏まえた21世紀の日本語ロックの中にあって、今どき珍しいぐらいメロディ・オリエンテッドでどっしりとした手応えを感じさせる。それも、単に言葉の旋律というより、光村のエモーショナルな発声によってキャッチーなフックを捩じ込んでゆく、感情表現として非常に優れたメロディの立て方なのだ。これまでのキャリアの中でバンドのアンサンブルも強靭に成長を遂げ、ときにはメジャーで僅か2作のアルバムをリリースしただけのバンドとは思えないような、堂々たる風格を感じさせるステージを見せていった。
イントロで大きな歓声が沸き上がった“Broken Youth”では終盤のコーラスをオーディエンスに預け、そして光村が語り出す。「初の横浜でのワンマンです! 前にイベントをやろうとしたときは、坂倉が入院してしまいまして。だから今日の彼は気合が入っています。最後まで出し惜しみなく行きますので」。そして披露されたのは“かけら”だ。このシングル曲はバンドのある特定の時期を象徴するだけではなく、ニコの焦燥感にも似た強烈なコミュニケーション願望を、そしてそれによって培われた多くのファンとの絆を説明するような、ある意味でニコの本質を極めてポップな形で描き出すことに成功した代表曲になったと思う。そして『ミチナキミチ』のテーマのひとつである、公演ごとの異なる新曲披露。タイトルは“YOU”。細やかに展開してゆくメロディが印象的な美しいナンバーであった。
光村:「今回のツアーは初めて行くところばかりで、MCのご当地ネタには困らなかったんだけど、横浜は……あ、でも今回ね、日本の3大中華街を制覇しましたよ。3大中華街、どこ?」
古村:「ナガサキぃ。ヨコハマぁ。……ヤマガタ!」
光村:「行ってねえし、山形! じゃあ皆さん。せーの」
「神戸ー!」と奇麗に揃った声が上がる。お見事。古村には猛省を促したい。その後も日本3大夜景は? だの、世界3大映画祭は? だの楽屋話レベルのクイズでMCタイムはグダグダになってしまったのだが、いざ楽曲、と全員で音を鳴らせば、途端にステージが引き締まってしまうのは素晴らしい。後半戦は“バニーガールとダニーボーイ”、“THE BUNGY”とアッパーな楽曲が畳み掛けられ、そして来るニュー・シングルとなる新曲“サドンデスゲーム”も披露された。こちらはとてもアグレッシヴで、切り裂くような光村の言葉尻が強烈なナンバーであった。
「『ミチナキミチ』ではあったけれど、待っていてくれる人がたくさんいて。バンドの中でも新しい発見がたくさんありました。今日はファイナルだけど、そこに待ってくれる人がいる限り、このツアーも続くものだと思っていてくれて構いません」。繋がる、という可能性にすべてを掛け、喜びと生きる意味を見出すことができるニコだからこその、『ミチナキミチ』というトライアルであり、そしてその成果であった。ステージ本編を走り抜けた“ホログラム”まで、ずっとフロア一面に舞っていたオーディエンスの掌。その光景が美しい。きっとステージに立つ者にとって、これ以上に嬉しい光景などありはしないのではないだろうか。
メンバー全員が揃ってネイビーのツアーTシャツに着替えてスタートしたアンコールでは、メロディがドラマティックに上昇してゆくこの日3曲目の新曲“ダイバー”も披露された。そしてまるでエンドロールのように鳴り響いた“トマト”を経て、4人が手を取り合って挨拶する。占めて2時間半。ひとつの冒険を終えたバンドの、達成感と充実感に満ち満ちた表情が、そこにはあった。(小池宏和)
セットリスト
1.芽
2.N極とN極
3.B.C.G
4.夏の雪
5.Broken Youth
6.かけら
7.エトランジェ
8.YOU(新曲)
9.錆びてきた
10.武家諸法度
11.風人
12.バニーガールとダニーボーイ
13.THE BUNGY
14.サドンデスゲーム(新曲)
15.そのTAXI、160km/h
16.Aurora
17.ホログラム
アンコール
18.ダイバー(新曲)
19.GANIMATA GIRL
20.トマト
NICO Touches the Walls @ 横浜BLITZ
2010.06.12