ザ・レインコーツ @ SHIBUYA O-WEST

ポスト・パンク世代の伝説的ガールズ・バンド、ザ・レインコーツ。メイヨ・トンプソンとジェフ・トラヴィスが共同プロデュースした、NW名盤として歴史に燦然と輝くヘロヘロ&激キュートなデビュー・アルバム『ザ・レインコーツ』(今月、2作目、3作目のアルバムとともにPヴァインからリマスター再発)の発表から30年を経て、まさかまさかの初来日である。後追い世代の僕にとっては、真にCDの中にしか存在しないバンドであり、この目で観ることが出来る日が来るとは思っていなかった。ましてやリアルタイマーにとっては、その驚きと喜びは一際大きなものだろう。

M.A.G.O、そしてPhew×向島ゆり子という女性グループ2組のサポート・アクトの後(ルーツ音楽を咀嚼しつつ現代型ポップ・ミュージックを独自に再構築してゆくPhewのスタンスは、パフォーマンスとして素晴らしい上にレインコーツのサポートとしてもずっぱまりだった)、いよいよレインコーツがステージに立つ。オリジナル・メンバーのアナ・ダ・シルヴァ(Vo./G.)とジーナ・バーチ(Vo./ B.)の2人、バイオリンなどで長年サポートしているアン・ウッド、フランス人の男性ドラマー/ジャン・マルク・ブティという布陣だ。歓声に応え「ありがとう! 日本に来ることを夢見て、20年以上かかったわ!」と笑顔で語るジーナである。彼女が長いこと来日を願っていたという話は、レインコーツ・オフィシャルHPのブログにも書かれていたことだ。

アンによるアイリッシュ・トラッド風の、勢いのあるバイオリンが奏でられ、アナのブルース・ハープがそこに加わった。セカンドの『オディシェイプ』以降は同世代の盟友・スリッツと同様にレゲエ/ダブの要素が濃くなっていったけれど、デビュー・アルバムの頃のレインコーツに顕著なのはこのトラッドの要素だ。ロックを解体するヘロヘロなパンク・サウンドなのに、これによってレインコーツの楽曲はとても味わい深く、チャーミングなものになる。

“イン・ラヴ”、“シャウティング・アウト・ラウド”、“ベイビー・ソング”と、メンバーが担当楽器をスイッチしながら、極めて自由なスタイルで往年の楽曲を披露してゆく。アナがコーランのようなボーカルを響かせ、ジーナの印象的なギター・リフが絡み付いてゆく“オンリー・ラヴド・アット・ナイト”は、そのミニマルなサウンドとリフレイン効果によって、異様な空間掌握力を見せつける素晴らしいものになった。

「オール・トゥモローズ・パーティーズにヘッドライナーで出たの。歌のタイトルじゃないわ。フェスの方よ!」というアナのMCに、ジーナが鋭くノる。ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコの“オール・トゥモローズ・パーティーズ”の歌メロをアカペラで、ニ コの声真似をしつつ歌い出すから、フロアは爆笑である。いや、演奏の安定感についても然りだけれど、ジーナのステージ・パフォーマンスのキレの良さには目を見張るものがある。それに引き換えアナは、カート・コバーンらの愛情を一身に受けた伝説的ミュージシャンとは思えないような、ほとんどド素人のただのおばちゃんなのである。ギターが弾けなくて、アンが後ろから抱きかかえるような姿勢で手伝ったりしているし。でも、そんなアナがいるからこそ、「ああ、間違いなくレインコーツだ」という気持ちになるのも確かだ。才能に恵まれているわけでもない、どこにでもいる女の子が、楽器を手に取って自身を表現するということ。その姿が、声が、世界中のどれだけ多くの人々に希望を与えたことだろう。

この日最もフロアが盛り上がったキンクス“ローラ”のカバー(「今のが最後の曲だったかしら?」とジーナが笑っている)を経て、「今日のために30年ぶりにプレイするわよ」と披露されたのは“ブラック・アンド・ホワイト”だった。なのだが、ここでもイントロのギターに手こずって何度も仕切り直すアナ。思わず、がんばれ、という気持ちになる。終盤、弦をズタズタに切りながらやけくそ気味に高速カッティングを見せるアナに、オーディエンスは喝采を浴びせていた。「こんなときはブーイングしてもいいのよ」というジーナの言葉に、冷やかすような声も飛ぶ。このときレインコーツは、初来日した伝説のバンドではなく、まるで友達のアマチュア・バンドを観るような「近さ」を放っていたのだった。

本編ラストはデビュー・シングルの“フェアリーテイル・イン・ザ・スーパーマーケット”。パンキッシュで愛くるしいコーラスが広がっていった。アンコールの再登場でアナは第一声「もうこれだけの曲しか練習してないのよ。だから同じ曲で良ければやるわ」と言っていたが、ここまでの曲はちゃんと練習したんかい! と突っ込みそうになった。伝説のガールズ・インディー・バンドによる記念すべき初来日公演は、蓋を開けてみれば実にハートウォーミングで、そして「近い」ものなのであった。

レインコーツのジャパン・ツアーは、6/17に名古屋アポロシアターで、18日に大阪ファンダンゴで、そして19日には都内・下北沢ベースメントバーでの追加公演が、引き続き行われる予定。(小池宏和)
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