コリーヌ・ベイリー・レイ @ SHIBUYA AX

コリーヌ・ベイリー・レイ @ SHIBUYA AX - pic by 成瀬正規pic by 成瀬正規
2007年の初来日ツアー、そして昨年のフジ・ロックへの出演と、そのたびに観た人が皆口々に絶賛していたコリーヌ・ベイリー・レイのライブを、ようやく観ることができた。昨年フジのステージは真裏の強力なアクトとバッティングしたため、集客的に厳しい状況だったらしいが、この日の渋谷AXは見事にフルハウス。1階のフロアがぎっちりなのはもちろん、2階席の後方まで空席が全く見当たらないという状態だ。

ファースト・アルバム『コリーヌ・ベイリー・レイ』(2006)、そして最新作の『あの日の海/The Sea』(2010)と、共にここ日本でも好調なセールスを記録しているコリーヌだけに、客層は年齢性別共にバラエティに富んでいる。皆熱心に彼女のアルバムを聴き込んできたファンばかりなのだろう。2時間弱のパフォーマンス中、一時も客席のテンションが下がることはなかった。まるでステージ上のコリーヌ・ベイリー・レイその人の呼吸にバンドのアンサンブルも、そして客席の私達も吸い寄せられ、感応したかのような、凄まじく濃密な時間が流れるライブだったのだ。

2階席の端っこから見下ろすかたちになったコリーヌは、スリムで楚々とした印象を受ける人だ。シャイニーなサロペットを素肌にさらりと纏い、足元は素足に同じくシャイニーな色身のバレリーナ・フラット。そんな彼女がギターをハイポジで抱えてスタートしたのは“Are You Here”。『あの日の海』のオープニングを飾るナンバーだ。彼女の音楽性を一言で評するならば「アコースティック・ソウル」ということになるのだろうけれど、その単語から連想されるおっとりしたイージーリスニングのムードは曲の中盤にして全く別物へと変貌していく。フリーキーな変拍子でうねるドラムスを中心に、コリーヌの歌声に吸いつきながら複雑なアンサンブルを構築していくバンド。ドラムス、ギター×2、ベース、キーボードからなるこのバンドが素晴らしく、まるでコリーヌの身体の一部のようだ。

コリーヌは感情が高ぶってくると、踵をあげてつま先立ちのような姿勢で声を張るのだけど、あの安定感のある伸びやかな歌声をつま先立ちで軽々と発声できてしまうのが不思議すぎる。彼女の歌声はソウルフルには違いないが、丹田に力をこめたこぶし系の歌い回しはしない。もっとエアリーで感覚的、まるで彼女の繊細な内面がそのまま声帯を震わせ空気に溶け出していくような、感情と声が直結したかのような生々しさがある。

軽快にギターをかき鳴らし歌う“Paris Night”、ギターを置いて一転してセクシーなディーバ風になる“Closer”と、1曲ごとにくるくる表情を変えながら進む前半の流れから、圧巻だったのが続く“Love’s On It’s Way”だ。バスドラとキーボードの単音弾きでしめやかに始まったこのナンバーが、最終地点では音が乱れ飛び散りながらバーストするとんでもないスペクタクルへと上り詰めていく。その荒波のような演奏と呼応してコリーヌのボーカルも震え、極まっていく。

続く“Till It Happens To You”も、ブルースギターが先導するジャム的展開で聞かせるナンバーで、曲間にはたまらず拍手が巻き起こっていった。コリーヌは様々なアーティストのカバー・ソングも披露しているアーティストだ。この日最初にプレイされたのはボブ・マーリーの“Is This Love”。これらのカバー音源に関しては『あの日の海』の2枚組スペシャルパッケージでも聴くことができる。

“Paper Dolls”以降の中盤は、とにかく凄まじい緊張感に満ちていた。コリーヌの歌声は悲痛なまでに美しく、演奏は不穏、とすら呼んでもいいんじゃないかと思うほど張りつめたパーフェクションをキープしている。そこには音楽と向き合う彼女の痛切なストイシズム、音楽に救いと治癒、そして最後の希望を託すような気迫が宿っていて、観ているこっちまで胸が締め付けられる気分になってしまう。『あの日の海』の制作途中に最愛の夫を亡くすという哀しみを彼女が経験したことを、ご存じの方も多いかもしれない。その悲劇を乗り越えて、いや、「託して」彼女は今、音楽をやっている。その意味を考えさせられる内容だ。曲間の彼女は「にゃはは!」といった感じではにかむ様もいたってフレンドリーな女性なのだが、そのギャップに驚かされた。

プリンスのカバー“Wanna Be Your Lover”、そしてキラー・チューン“Like A Star”等がドロップされた後半戦は一転、開放的な力強さとハピネスに満ちた空気が場内を覆っていく。シンガーとしての天賦の才を見せつけられた前半、彼女のミュージシャンとしての凄腕と、彼女が背負った哀しみや絶望すら垣間見えた痛切な中盤、そして全てをひっくるめて音楽へと昇華していったこの日の最終コーナー。アンコール・ラストに披露されたのはスライ・ストーンのカバー、“Que Sera”。「なるようになる(Que Sera)」というメッセージに込められたこのナンバーを、彼女はいつもショウの最後で演奏しているという。消えない哀しみを背負ってなお、彼女が音楽をやり続ける理由がここに凝縮されていたように感じた。(粉川しの)
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