もう最初からすごかった。ステージ後方の横長のヴィジョンにサイレント映画のクラシカルなオープニング映像が流されて、ゆっくりと登場したメンバー。なんと1曲目に叩きつけたのは、インディー時代にデモテープで配布されていた“アカ”! 真っ赤なレーザービームが飛び交う中、心の闇をそのまま抉り出したようなメランコリックな音塊が巨大なとぐろを巻いていく。その後も負のオーラを湛えた初期の楽曲が次々と放たれて、背徳的な一体感に包まれた客席に無数の拳とヘッドバンギングの波を生み出していく。絶望、孤独、疎外感……など内省的でネガティブなエネルギーを溜め込みながら、聴き手に容赦なく襲いかかる1音1音の切れ味と破壊力がすさまじい。あでやかな赤い振袖をまとって、最果ての地から響きわたるような力強いヴォーカルを放つ逹瑯(Vo)のオーラもハンパない。
ヴィジョンに映し出されたデジタル時計が2分7秒を刻んで、“2.07”のSEとともに再びステージに現れたメンバー。でっかいサーチライトを抱えた逹瑯が下手の花道から登場し、ステージを左へ右へと走り回りながら客席を挑発的に照らしていく。そして雪崩れ込むように“茫然自失”へ。YUKKE&SATOち(Dr)のスラッシュ・ビートと逹瑯の怒号が場内の空気をビリビリと震わせていく。さらに「踊れるか?」の号砲から“梟の揺り篭”へと突入すると、気だるさと妖しさが漂うダンサブルなサウンドに客席がゆらゆらと揺れる。かと思えば“商業思想狂時代考偲曲”では超性急なビートが狂騒空間を生み出し、“およげ! たいやきくん”では客席の笑いと手拍子を誘う。1曲ごとにまったく違った表情をもちながら、どの曲もハードエッジなサウンドですさまじい熱量を放っているところはさすが。今年初頭のヨーロッパ・ツアーを経て、そのスケールは格段に増した感がある。
アンコールは一転して、“謡声(ウタゴエ)”“フライト”などシンプルでアッパーな楽曲の乱れ打ち。ヴィジョンには4人の姿がアップで映し出され、オープンで明るい空気が会場全体に満ちていく。爽快にドライブするサウンドに、観客も一斉にジャンプ、ジャンプ! ダブル・アンコールでは「69才までムックやります!」と宣言したり、“ロバートのテーマ”で黄色いラジコンカーに乗ったロバート=カエルのぬいぐるみがステージ下手から登場したり……と開ききったパフォーマンスを繰り出し放題繰り出して客席を爆笑の渦に。“優しい歌”では、「皆ケータイ出せ!」という逹瑯の言葉で客席がケータイの光で埋め尽くされ、あたたかなレゲエのリズムと相まって多幸感あふれる光景を描き出していた。
アンコールのMCで、ミヤが「ムックの曲、暗くね!?」と思わず呟いていたのが印象的だった。確かにムックの曲は暗い。そして、初期の曲がたくさん披露された今夜のライブでは、その負のエナジーがかつてなく強烈に渦巻いていた。しかし、1曲ごとに手の込んだ演出で磨き上げられた楽曲、随所で飛び出すユーモアあふれるMCに、ムックのパフォーマーとしての意識の高さやファンへの愛情の深さが一身に感じ取れるようなライブでもあった。絶望や孤独に血塗られた漆黒のグルーヴを、その徹底したステージングで完璧なエンタテインメントへと昇華させるムック。その揺るぎないパワーに改めて驚愕したとともに、ここからますますスケールアップしていくだろう今後の動向がさらに楽しみになるような、最高のアクトだった。(齋藤美穂)
セットリスト
1.アカ
2.絶望
3.最終列車
4.盲目であるが故の疎外感
5.君に幸あれ
6.我、在ルベキ場所
7.メディアの銃声
8.ママ
9.25時の憂鬱
10.モノクロの景色
11.ココロノナイマチ
12.雨のオーケストラ
13.2.07
14.茫然自失
15.梟の揺り篭
16.路地裏 僕と君へ
17.志恩
18.商業思想狂時代考偲曲
19.およげ! たいやきくん
20.娼婦
21.スイミン
22.9月3日の刻印
アンコール1
23.謡声(ウタゴエ)
24.流星
25.フライト
アンコール2
26.ロバートのテーマ
27.夢の街
28.優しい歌
アンコール3
29.暁