ハシエンダ大磯フェスティバル @ 大磯ロングビーチ特設会場

ハシエンダ大磯フェスティバル @ 大磯ロングビーチ特設会場
ハシエンダ大磯フェスティバル @ 大磯ロングビーチ特設会場
いよいよゴールデンウィークが始まったこの週末、2012年のフェスシーズンの到来を告げる第一報のようなイヴェントが大磯ロングビーチで開催された。それがこの、ザ・ハシエンダ大磯フェスティヴァルである。マッドチェスターの聖地として語り継がれる伝説のクラブ、「ハシエンダ」の再興プロジェクトは数年前からピーター・フックを中心に活発に行われていて、このハシエンダ・フェスはそのプロジェクトの中でも最大のものになる。

日本でハシエンダ・フェスを開催することに関して、ピーター・フックは前回来日時に「日本のファンはハシエンダに敬意を払ってくれているし、マッドチェスターを誰よりも愛してくれているから」だと語っていた。そう、ハシエンダ・フェスはいわゆるDJセット・メインの最新のレイヴ式フェスティヴァルであると同時に、極めてレトロスペクティヴなフェスでもあるのだ。

大磯ロングビーチに到着すると、まずは圧倒されるのが海だ。少し高台に立つと目の前には水平線まで見渡せる広大なビーチが広がっている。そして会場のど真ん中には細長いプールが横たわり、プールサイドには幾本ものヤシの木が生えている。この最高のシチュエーションに昨日の痛いくらいの日差しとくれば気分は早くも初夏、緩くピースフルな空気が早くも会場には立ちこめている。この大磯ロングビーチがハシエンダの開催地に選ばれた理由、それはマンチェスターのハシエンダへのオマージュというよりも、むしろハシエンダのルーツにあるイビザ、イビザのレイヴ・パーティへのオマージュの色合いのほうが強かったんじゃないだろうか。いずれにしてもこの会場のアウトドア・エリアの雰囲気は本当に最高だ。

そんな和やかムードのアウトドア・エリアを横目にまずは向かったのは、このフェス最大の屋内ステージ、FAC51 LIVE ARENA。中ではLILLIES AND REMAINSがプレイ中。ここはハシエンダ・フェスで唯一のライヴ・パフォーマンスがおこわなれるステージで、LILLIES AND REMAINSが演奏している所謂メインステージとは別にステージ・サイドにDJブースが設置されていて、ライヴ演奏後はそのDJブースで間髪いれずDJが始まるという流れが組まれている。ハシエンダ・フェスは基本的にレイヴ仕様ゆえ、どのステージも転換中の休止というものがなくてシームレスにアクトやDJが入れ替わっていく。LILLIES AND REMAINSは「ハシエンダ・スピリットに対する日本からの敬意と回答」と呼ぶに相応しいパフォーマンスで場を温めていく。

ハシエンダ大磯フェスティバル @ 大磯ロングビーチ特設会場
そんなLILLIES AND REMAINSからYODAのDJを挟んでついに登場したのがピーター・フック。今回のフェスの大黒柱でもある彼のバンド、ピーター・フック&ザ・ライトだ。このバンドは「ジョイ・ディヴィジョンを再現」というなかなかにハードルの高いチャレンジに挑むためにフックが組んだバンドであり、昨日は『アンノウン・プレジャーズ』、そして本日は『クローサー』と、ジョイ・ディヴィジョンの伝説の2枚にそれぞれフォーカスを合わせたセットが組まれている。ジョイ・ディヴィジョンの再現においてまず最初に突き当たるのはイアン・カーティスの不在という問題であり、カーティスに象徴される絶対零度の絶望やニヒリズムなくして、果たしてそれはジョイ・ディヴィジョンと呼べるものなのか?という原則論も関わってくる。

結論から言えば、これは「あのジョイ・ディヴィジョン」とはまったくの別物であろうという点において潔い内容になっていたと思う。いつものロー・ポジ・スタイルでベースを弾きつつカーティスに代わって歌も歌うフッキーのヴォーカルはエモ・バンドのヴォーカリストのようにパワフルでエネルギッシュ、そんな彼が歌う“シーズ・ロスト・コントロール”がカーティスの歌うそれと同じになるはずがなく、むしろまったくの別物をジョイ・ディヴィジョンのオリジナル・メンバーであるフッキーが「再提案」し「再発見」しているというのが面白かった。ジョイ・ディヴィジョンの歌がこんなにも普通にライヴ映えするポスト・パンク・ナンバーだったとは、自分の部屋で鬱々とヘッドホンで流し込み聴いていた時には気づかなかった。最後は『アンノウン・プレジャーズ』の再現を飛び越えて“トランスミッション”、“ラヴ・ウィル・ティア・アス・アパート”まで飛び出す大盤振る舞いで「日本初上陸」のジョイ・ディヴィジョンのライヴは幕を閉じた。

そんな32年ぶりに「蘇った」ジョイ・ディヴィジョンのステージに様々な想いが去来しすぎて混乱してきたので、LIVE ARENAを抜け出してもうひとつのインドア・ステージであるMUSIC BOXへと向かうと、こちらでは大御所ユニットX-PRESS 2がプレイ中。計4つ存在するステージはそれぞれに明確にキャラ分けされているように感じたが、このMUSIC BOXはハシエンダ・フェス中でも特に「踊る」ことに機能を集中させたステージという印象で、X-PRESS 2もストイックかつハードコアなDJでベテランの技を光らせている。

そこからA|X POOL SIDE TERRACEを横切って再びLIVE ARENAへと戻る。文字通り陽光を反射してキラキラ光るプールの脇に設置されたPOOL SIDE TERRACEは、MUSIC BOXとは対照的に終始アッパーでフレンドリーなノリのDJが続き、そこだけひと足早い常夏レイヴな様相を呈している。もうひとつのアウトドア・ステージであるLONG BEACH OUTDOOE STAGEは、これまた文字通り海沿いに設置されたPOOL SIDE TERRACEより大きめのステージで、カール・クレイグをヘッドライナーに置いたこちらのステージはハシエンダ・フェスの中でも純正レイヴのノリを最も色濃くフィーチャーした場だったと言える。

そしてLIVE ARENAではSUGIURUMNのDJが場内をアゲまくっていて、そんな彼の傍らでは御存じのベズが踊り、合いの手を入れ、時には大声で歌いと大活躍している。SUGIURUMNはそれこそマッドチェスターとイビザの精神を最も正しく継承した日本のアーティストのひとりであるけれど、この日の彼のプレイはハシエンダの「祭り」にふさわしいもので、ハッピー・マンデーズからニュー・オーダーまでマンチェ・クラシックスをがんがん回しながらベズと肩組みノリまくっているその姿は、今回のフェスの楽しさを象徴していたと思う。

ハシエンダ大磯フェスティバル @ 大磯ロングビーチ特設会場
そしてSUGIURUMNのDJ(とベズの踊り)が終わると同時に始まったのがこの日の3つ目のライヴ・ステージ、ザ・ウィップのパフォーマンスだ。LILLIES AND REMAINSが日本の若手代表だったとしたらこのザ・ウィップはマンチェスターの若手代表。かの地出身の若手バンドにとってフッキーとベズとシャーラタンズの面々に挟まれてステージに上るというプレッシャーは半端無かったんじゃないかと思うけれど、予めロックでありダンスであるという90年代初頭マンチェの基本設計をしっかり継承した上で、今様のエレクトロがフィーチャーされたナンバーもあり、逆に70Sのファンクまで先祖がえりしたナンバーもありとバラエティを提示していくパフォーマンスが素晴らしい。結果的にマッドチェスターの伝統と応用性を証明するステージになっていた。

ザ・ウィップが終演した頃にはそろそろ日も傾き始め、プールサイドには寝っ転がって空を見上げている人達、芝生の上にはダベっている人達と、アウトドア・エリアにはさらにまったりとチルアウトしたムードが広がり始めた。そんな中でLIVE ARENAで始まった石野卓球のステージは、チルアウトとかクソ食らえと言わんばかりの攻撃アッパー型のプレイで、一粒一粒が冴え冴えとしたスーパー・モダンなテクノの応酬は、この日のハシエンダのレトロスペクティヴから最もかけ離れたものだったと言える。そんな彼のDJの最中、ステージの後方でオリジナル・レイヴ世代と思しき40代後半のスキンヘッドのおじさん(聞いたらイギリスの方でした)が汗だくになりながらガッシガシに踊っていたのが印象的だった。卓球のステージと前後してOUTDOOR STAGEではカール・クレイグのプレイが始まる。この卓球とクレイグがあちらとこちらでプレイしていた瞬間がこの日のハイライトだったのではないか。デトロイト・テクノの旗手たるカール・クレイグのDJはよりカラフルで、卓球の攻撃型のアッパーとは対照的に祝祭型のアッパーだ。

ハシエンダ大磯フェスティバル @ 大磯ロングビーチ特設会場
そんなカール・クレイグのステージを横目に再びインドアへと急ぐ。ハシエンダ・フェス初日のLIVE ARENAのトリを務めたのはザ・シャーラタンズを観るためだ。彼らは大傑作『テリング・ストーリーズ』の再現ライヴというコンセプトに基づいたショウを展開する予定になっていた。そう、この日は『アンノウン・プレジャーズ』と『テリング・ストーリーズ』が再現されるというUKロック史的にも豪華すぎる一夜だったのだ。数日前にはロジャー・ダルトリーによる『トミー』の再現ライヴを国際フォーラムで観たばかりだし、ほんと半端ないぞ日本。

ステージに現れたティム・バージェスはプラチナブロンドに近い金髪の長めのヘアスタイルで、遠目にはカート・コバーンみたいに見える。相変わらずの年齢不詳っぷりだが、彼らはマッドチェスター最後の生き残りと言っても過言ではないスーパー・レジェンドである。そしてなぜシャーラタンズだけがマッドチェスターが終焉した後も20年以上に亙ってサヴァイヴできたのか、その理由を明らかにしたのがこの日のステージだったと言っていい。そもそも『テリング・ストーリーズ』の再現ライヴとはつまり、「ハシエンダ」に集約されるレイヴだったりアシッド・ハウスだったりといった記号からかけ離れたものになるということなのだ。

なにしろ『テリング・ストーリーズ』のリリースは1997年、マッドチェスターはおろかブリットポップすら終わった時代に打ち立てられた孤高の傑作なのである。この日のステージでも“ノース・カントリー・ボーイ”や“テリング・ストーリーズ”を筆頭にアコギのオーセンティックなメロディと60Sブリティッシュ・ビートに牽引されたリリカルな曲が連打されるという、ハシエンダ・フェスの中における超独自路線。“ワン・トゥ・アナザー”のようなマッドチェスターらしいグル—ヴィーなナンバーも光っていたけれど、『テリング・ストーリーズ』のシャーラタンズは明らかにこの日のこれまでのアクトとは異質なものだった。ちなみにシャーラタンズの本日のステージは「フェス・セット」と銘打たれたオール・キャリア・セットになっているはずなので、90年代初頭のあんな曲やこんな曲も披露されるだろうし、よりハシエンダ・ライクな内容になっているんじゃないだろうか。

LIVE ARENAでシャーラタンズのステージがフィナーレを迎えたのは20時すこし過ぎ。外に出ると冷たい潮風が吹きつけてきたけれど、ところどころ日焼けした身体にはむしろ心地良いくらいだった。一足お先に「夏フェス開き」した、そんな一日だった。(粉川しの)
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