エミネム @ QVCマリンフィールド

QVCマリンフィールドに向かって歩いていると、既に重量級のラップが聴こえてくる。エミネムによるレーベルShady Records所属の盟友、スローターハウスだ。バッド・ミーツ・イーヴィルでエミネムと組んだロイス・ダ・ファイブ・ナインを初め、キラ星というべきラッパーが集まったスーパーグループである。最後の2曲しか観ることができなかったが、その本格度と迫力は十分に感じることができた。

スローターハウスのライヴが終わったのが18時40分頃だったろうか。19時5分、ずっと暗いままだったステージが照明で照らされて歓声が起きる。そして、19時24分、スタジアム全体が暗闇に包まれる。轟音の中、スクリーンに映し出されたのは、日本語で作られたメッセージ。2005年からツアーを中止していたこと、ほぼ引退同然であったこと、そして、「今晩、エミネムは東京に戻ってくる」こと。その後、スクリーンには大きく「エミネムの再生(Recovery)」と映し出される。わざわざ日本語に翻訳したことを考えても、このメッセージを伝えなければ、この場所からでないとライヴを始めることができない、そんな物語に一瞬にして引き込まれる。ここからは具体的な曲名に触れて書いていきます。

超一流という言葉では収まりのつかない、とんでもないクオリティのバック・バンドが演奏を始める。ツイン・ドラムに、ギターとベース、DJに、キーボード2台に、バックコーラス1人という編成。出音からしてツイン・ドラムの破壊力がすさまじい。そして、エミネムはステージ中央の床から登場。彼の姿が見えた瞬間、スタジアムが揺れる。本当に、本当にエミネムが日本にいる。Introから雪崩れ込んだ1曲目は、音源ではピンクがフィーチャリングされている“Won't Back Down”。だが、エミネムを直に9年ぶりに目にした興奮であっという間に終わってしまう。2曲目は“3am”。「引退」中のエミネムの闇がリリックに最も色濃く出ている楽曲の一つだが、それを血が滴り落ちる映像と共に展開する。しかし、この曲と次の“Square Dance”を僅か1コーラスで切り上げ、“W.T.P.”に突入。強いフックを持った曲だが、エミネムを支えるもう一人のラッパー、コン・アーティスことミスター・ポーターの力を借りながら、ライヴだとラップで魅せる、ラップのスキルの力でねじ伏せる、そんな曲に変貌させてしまう。第1ブロックのラストは“Kiil You”。『ザ・マーシャル・マザーズLP』収録のこの曲で、場内は沸騰。ここまで時間にして、おそらく20分も経っていなかったはず。嵐のような展開に圧倒される。

最初のMCをエミネムが語り始める、「トキオ、コンニチハ。やっと戻ってきたぜ。淋しかったかい?」。言葉は少ないけれど、たったこれだけで感極まってしまうというか、ようやく彼が「戻ってきた」こと、そして、それまでの間ずっと彼の不在を感じていたこと、リスナーに必要な言葉だけが彼の口から語られる。そして、ミスター・ポーターの「『リカヴァリー』を持っている奴、どんだけいるー?」という掛け声から突入したのは、その『リカヴァリー』から“No Love”。リル・ウェインをフィーチャーした楽曲だが、エミネムもこの曲ではとんでもないスピードの高速ラップを披露。生で観ると、あらためてとんでもないスキルに惚れ惚れしてしまう。サビではエミネム自ら観客に手を振るように先導する。9年前、すぐ隣の幕張メッセで観た彼は、こんなことをするような人ではなかった。引退→再生という物語が、パフォーマーとしての彼をまったく変えてしまったんだなと気づかされる。今の彼は、観客と正面から向き合うことも、観客とコーラスを分かち合うことも恐れない。

続く“So Bad”でも本来のサビを圧倒するようなラップを見せつけ、“Cleaning Out My Closet”では「I'm cleaning' out my closet」のコーラスを観客のシンガロングにゆだねてみせる。「トキオ、アイシテマス」なんて言葉がさらりとエミネムの口から飛び出す。そして、“The Way I Am”だ。ここまで読んでいただいても分かる通り、エミネムは変わった。ライヴ自体も変わったし、本人の放つ空気も、その驚異的な存在感はそのままに違ったものになった。けれど、かつての怒りを象徴するようなこの曲が、僕には9年前以上の切迫さをもって伝わってきた。サビでのエミネムのフロウの鋭さが冴え渡っている。彼は変わった。けれど、かつての自分を捨てたわけではないし、怒りがなくなったわけでもない。この日のライヴを観ていて、つくづく痛感したのはそこだった。

“The Way I Am”が壮大なギター・ソロで締めくくられると、エミネムが一旦ステージを降りる。それと同時にスクリーンにデカデカと映し出されたのは「BAD MEETS EVIL」の文字。というわけで、ここからはバッド・ミーツ・イーヴィル・タイム。オープニング・アクトを務めたロイス・ダ・ファイブ・ナインが登場し、“Fastlane”のラップをキメ、そこにエミネムが合流する。エミネムは着替えていて、最初は、いつものグレーのパーカーに白のTシャツという姿だったが、ここでは黒のタンクトップに。バッド・ミーツ・イーヴィルの代表曲“Lighters”では、文字通りライターを掲げる観衆の姿が映し出され、このQVCマリンフィールドにも同様の光景が訪れる。

2曲でバッド・ミーツ・イーヴィルが終了すると、バック・コーラスの女性が歌い出したのは、“Airplanes”のヘイリー・ウィリアムスが歌っていた一節。というわけで、B.O.Bの“Airplanes”に突入。非常にドラマチックで美しいコーラスを持った楽曲だが、このパートではそうした曲を連打。なんと次に演奏されたのは“Stan”。Didoのコーラスを歌い始めた瞬間、スタジアムが溜め息のような大歓声に包まれる。スクリーンに映し出されるのは、“Stan”のビデオクリップ。一瞬で2000年にタイムスリップしてしまう。もちろん場内は大合唱。そこにエアロスミスの“Dream On”がネタの“Sing For The Moment”を畳み掛け、さらに“Like Toy Soldiers”も続けてしまうという大盤振る舞いの展開。“Like Toy Soldiers”でスクリーンに映し出されたのは、亡くなった盟友プルーフへの追悼のメッセージ、さらにビデオクリップ同様、2パック、ビギー・スモールス、ビッグ・L、バグズといった亡くなったラッパーへの哀悼のメッセージも映し出される。このパートの最後は、Drakeの“Forever”。ド派手な特効の爆発と共に贅沢な時間が締めくくられる。

エミネムが「もう疲れてる?」と客席に向かって語りかける。そして、『リカヴァリー』というアルバムと共に戻ってこられたことが本当によかったという一言から、同アルバムの中でも最も感動的な楽曲の一つ“Space Bound”へ。演出、ということもできるが、作品、キャリア、ライヴがすべてエミネムの人生という意味で一つのストーリーになっているのであり、だからこそできる完璧な流れだ。続く“Till I Collapse”でもう一度自身の闇の部分に向き合い、“Cinderella Man”では激しいストロボが会場全体を覆う。そして、男女に分けたコール&レスポンスから、女性の賛辞をエミネムが口にして演奏されたのが“Love The Way You Lie”。あまりにパーフェクトな展開に場内はもちろん沸騰。これまで長くても2コーラスぐらいのスピーディな展開で進んできたライヴだが、この曲は1曲まるまる歌われた。

そして、誰もが期待していた事件がここから起こる。ライヴも終盤、“Love The Way You Lie”に続いて演奏されたのはドクター・ドレーの“I Need a Doctor”。ここで来るのか。と思いきや、この曲は早々に終わり、ミスター・ポーターの「質問がある。ヒップホップを愛している奴はどんだけいるー?」という呼び掛けから“My Name Is”に突入した時だ。1ヴァースも終わらないうちにラップを止めるエミネム、そして分かってんだろという表情からスクリーンに大きく映し出されたのは「Dr. Dre」の文字。怒号のような歓声が起きる。そして、ステージ中央からのっしのっしとドレー登場。そのまま“The Next Episode”〜“Forgot About Dre”というメドレーへ。もういるだけで、ゴッドファーザー感がハンパないというか、スタジアムの隅にまで伝わる存在感がすさまじい。ラップもブレがないというか、腰の据わり方がすごい。“Forgot About Dre”ではエミネムが最後、負けじとキメまくっていたが、ドレーがステージにいた時間、僅か3分くらいだろうか。だけど、ライヴ全体を持っていってしまうのがこの人なのだ。本編最後は“Not Afraid”。エミネムが真摯なメッセージを語り、大感動のうちに一旦幕が降りる。

そして、アンコールは、この曲をやらないと終わらない“Lose Yourself”。もう完全にウイニング・ランというか、完璧な流れのこのショウを自ら讃えるように何度もバンドとエンディングのかけ合いをしながら、ライヴは終わった。ライヴのスタートから1時間30分。だけど、3時間分ぐらいのものを観た、そんな気持ちになる。エミネムは変わった。特に“Not Afraid”の時にオーディエンスに語りかけたメッセージは感動的なものだった。ただ、じゃあエミネムが品行優良のポップ・スターになったのかと言えば、それは違う。ブラック・カルチャーから生まれたヒップホップに白人で一人乗り込んでいったこともそうだが、彼はいつも白と黒の両方の部分を持っていた。それぞれが巨大なだけに彼は引き裂かれ、そしてプルーフの死という悲劇と共に、彼は大きな闇に包まれることになった。けれど、彼が『リラプス』『リカヴァリー』というアルバムで復帰して見せようとしたのは、何も黒を捨てて、白になろうとしたわけではなくて、そのどちらからも逃れられないことを受け入れ、それをラップとして提示していくしかないと腹をくくったということだったのではなかろうか。今回のライヴは、ヒット曲という点も含めて、その両方を見せることに意識的なセットリストが組まれていた。そして、白も黒も受け入れた健全なエミネムがショウをやると、こんなにもとんでもないエネルギーとストーリーを発することができるということを改めて見せつけたライヴだった。本当に、もっともっと多くの人に観てほしいライヴだった。(古川琢也)

1. Won't Back Down
2. 3am
3. Square Dance
4. W.T.P
5. Kill You
6. No Love
7. So Bad
8. Cleanin' Out My Closet
9. The Way I Am
10. Fast Lane (ft. Royce da 5'9")
11. Lighters (ft. Royce da 5'9")
12. Airplanes Part II
13. Stan
14. Sing For The Moment
15. Like Toy Soldiers
16. Forever
17. Space Bound
18. 'Till I Collapse
19. Cinderella Man
20. Love The Way You Lie
21. I Need A Doctor
22. My Name Is / The Next Episode / Forgot About Dre
23. Not Afraid
encore:
24. Lose Yourself

※スローターハウスにDJプレミアが出演した記載が最初ありましたが、確認のうえ修正しました。
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