All pics by YUSUKE KITAMURAスティーヴ・マルクマス&ザ・ジックス名義では2008年のフジ・ロック以来となる来日公演である。その間にはペイヴメントの再結成および来日(2010年)というエピックなイヴェントが差し込まれたこともあって、マルクマス本人はお久しぶりな感じはさほどしなかったが、今回の来日はザ・ジックスとしての最高傑作である『ミラー・トラフィック』の成果を占う貴重な機会でもあったわけで、彼らを迎えるファンとしてはちょっと意気込みが違ったのではないだろうか。しかも『ミラー・トラフィック』がスティーヴ・マルクマス&ザ・ジックスの最高傑作である所以は、身も蓋もなく言うならばマルクマスがペイヴメントの封印を解いてペイヴメントらしいアルバムを作ったという点にあったわけで(封印開封の功労者はペイヴメントの盟友でもあったプロデューサーのべックでしょう)、2010年のペイヴメント再結成来日も含めて、マルクマスと、ザ・ジックスと、そしてペイヴメントの関係を一気に総覧しうる機会だったことは間違いない。
そんな今回の来日ツアー初日、渋谷duo music exchangeでのオープニング・アクトを務めたのはMONOBRIGHTだ。ペイヴメントのダイハード・ファンでもある彼らのパフォーマンスは、まるでマルクマスに宛てた「ラヴレター」のようで、「みんな今日は思いっきり盛り上がりましょう!!」と叫んで舞台を降りた桃野といい、その一貫した姿勢はこの日のファンの気持ちをストレートに代弁してくれるものだった(ステージ自体も最高で、終演後筆者は外国人のお客さんに何人か「彼らはなんていうバンド?」と訊かれました)。
MONOBRIGHTのステージから20分後、スティーヴ・マルクマス&ザ・ジックスがいよいよステージに登場する。マルクマスの立ち位置はステージ最下手で、ジョアンナ・ボーム(B)、本作のツアーからジャネット・ワイスに代わり参加している新ドラマーのジェイク・モリス、そしてマイク・クラーク(Key)と上手に向かって並ぶ陣形だ。そして1曲目、『ミラー・トラフィック』収録のファストなパンク・チューン“Tune Grief”で荒々しくショウがスタートする。続く“Spazz”は『ミラー・トラフィック』中でもその複雑骨折みたいなぎくしゃくした転調がもろにペイヴメントを彷彿させるナンバーで、転調の末にヘヴィ・メタリックなリフがギャイーン!と脳天をつんざく後半のカタルシスにどっと歓声が上がる。この日のステージは『ミラー・トラフィック』からのナンバーが完全に主体となっていて、レイドバックしたブルースからインプロに突入する“Brain Gallop”、べックのプロダクションのモダンを隅々まで行き渡らせたソリッドな名曲“Senator”、「次は渋谷のフォーエヴァー21の曲だよ」としようもないマルクマスのジョークで始まった“Forever 28”等、様々な角度からペイヴメントを再検証するような楽曲の集合体が『ミラー・トラフィック』であったことを改めて確認させられる。
![スティーヴン・マルクマス&ザ・ジックス @ 渋谷duo music exchange](/images/entry/width:750/73161/3)
![スティーヴン・マルクマス&ザ・ジックス @ 渋谷duo music exchange](/images/entry/width:750/73161/4)
バンドのパフォーマンス自体は後半にいくにしたがって徐々に緩くなっていくという、これまた90年代後半のペイヴメントのライヴを思い出さずにはいられない展開。マイクのピアノとマルクマスのハンドマイクのみで朗々と何かを歌いあげようとするも、マイクのコードが引っこ抜けていて無音、みたいなしようもないオチも挟んでくるグデグデした瞬間も少なくなく(ジョアンナが「しっかりしなさいよ」みたいな顔でコードを刺してあげてました)、しかしそのグデグデした瞬間の直後に即興で歌いあげるビートルズの“A Day In The Life”のカヴァーが妙に素晴らしかったりするので気が抜けない。そこからシームレスで不格好に足をひょこひょこ振り上げるダンスと共にプレイされたのが“Jenny and the Ess-Dog”、最後はなぜかスニーカーを片足だけ脱いで深々とお辞儀するマルクマス。ばかばかしくて最高。そして、そんなグデグデな演奏をもってしてもリリシズムが全く失われない“Tigers”はやはり『ミラー・トラフィック』屈指の名曲だと確信したし、逆にそのグデグデが目茶苦茶サイケデリックなインプロに繋がって結果オーライとなったのが本編ラストの“Real Emotional Trash”だった。
アンコールで再び登場したマルクマスは「えっと、じゃあここからはペイヴメントの曲をやるよ。ちょっと技術的な問題が今日はあって申し訳なかったね。声の調子もアレで……たぶんホテルのエアコンのせいだと思うんだよね……」云々とこの後に及んでそんな言い訳をするでない!……と思って聞いていたのだが、“Here”が素晴らし過ぎてそれもどうでもよくなってしまった。18年の時をワープして、今のマルクマスのショウのフィナーレに相応しいナンバーとしてペイヴメントが鳴る――『ミラー・トラフィック』はそんな幸福を奪還してくれたアルバムなのだとつくづく思った。(粉川しの)
セットリスト
1. Tune Grief
2. Spazz
3. Animal Midnight
4. Brain Gallop
5. Senator
6. Dark Wave
7. Forever 28
8. Asking Price
9. Stick Figures in Love
10. A Day in the Life
11. Jenny and the Ess-Dog
12. Houston Ladies
13. Blind Imagination
14. Long Hard Book
15. Tigers
16. Real Emotional Trash
encore
17. Speak, See, Remember
18. Here