19時40分、客電が落ちると同時に会場はアイドル登場ばりの黄色い悲鳴、野太い歓声、口笛、そして爆音の手拍子で包まれる。年齢性別様々なマルーン5のファン層を瞬時に理解できるような初っ端のオーディエンスのリアクションだった。そしてその大歓声にすぱっと割って入るようにアダム・レヴィーンのハイトーン・ヴォーカルが響き、始まったのは“Payphone”だ。そう、今回のプレミア・ギグは最新作『オーヴァーエクスポーズド』を引っ提げてのワールドツアーでもあって、この最新ヒット曲に場内はさらなる爆発的歓声に包まれていく。“Payphone”自体はクリアな歌メロ主体のシンガロング・ナンバーなので、コンサートの序章としても相応しいゆったりとエレガントなスターターとなった。
マルーン5は元々とても巧いバンドだが、彼らの凄いところは観るたびに巧くなっていくことだ。ちなみにその巧さとは一種の客観性に基づくもので、たとえばジェイムズのド派手なギター・ソロも、アダムの膝をついてのセクシャルなロック歌唱も、ロック・バンドの定型をなぞりながらもロック・バンド的自己陶酔とはかけ離れた批評眼を感じさせる。全米屈指のセックス・シンボルたるアダムを擁しながらも、ステージ上の6人全員が黒Tシャツ黒パンツとまるで裏方スタッフみたいなスタイルで演奏しているのにも象徴的だけれども、この日の彼らのライヴ・パフォーマンスには煌びやかなまさにザッツ・エンターテイメントな表層と、それを支える緻密でクールな構造部が両方観てとれるのが面白かった。外部ライターを積極的に起用して作られた新作『オーヴァーエクスポーズド』でどんな曲でも自分達のものとして演奏できる、歌いこなせる、マルーン5とはバンドであると同時に「ポップ精製機」であることを証明した、彼ららしい進化を感じさせるパフォーマンスだったのだ。
ちなみにもうひとつ凄いと思ったのはバンドの視野の広さで、アダムやジェイムズはことあるごとにステージの上手下手のぎりぎり端っこに立ち、ステージが殆ど見えない真横の席にいる(おそらく当日券の場所)ファンのために何度も手を振り、投げキスを送り、アピールしていた。それは武道館をホームにしているバンドならではの「気づき」であり、常に満場のオーディエンスを100%楽しませることに注力してきた彼らの「ポップ」の反射神経の賜物かもしれない。
“Wake Up Call”から“One More Night”、そして「アリガトゴザイマス! 武道館は何度やっても最高の会場だし、みんなは最高のオーディエンスだよ!」とアダムが感謝を述べて始まった“Hands All Over”、そしてメンバー紹介を挟んでの“Misery”が立て続けに連打された後半戦はちょっと豪華すぎて笑ってしまうほどの流れで、改めて全曲ヒット曲状態のマルーン5のライヴの異様に驚かされた。本編ラストの“This Love”ではアウトロでアダムが延々とギター・ソロをぶちかまし、ヴォーカリストとしては当然天才でありながらギタリストとしても秀才レベルには余裕で達してしまっているそのプレイにこの日数十回目の怒号的歓声が巻き起こる。「サンキュー・トーキョー! アリガトゴザイマス!」と叫んで彼らがステージを降りた時、時計を見たらまだ1時間5分しか経っていなかったのが信じられないほどの充実、いや、過剰と言ってもいいエンターテイメント・ショウの幕切れだった。