マルーン5 @ 日本武道館

マルーン5 @ 日本武道館
武道館の中に足を踏み入れると、見渡す限りの人・人・人。もちろん事前にソールドアウトしていた今回のマルーン5の一夜限りの武道館公演だが、加えて急遽ステージ脇の通常ならお客さんを入れないエリアまで当日券として販売したため、文字通り隅々までぎっちり埋まった圧巻の光景がそこには出現していた。ちなみにマルーン5は昨年にもツアーで武道館に来ている。その前の来日(2008年)も東京は武道館公演だった(しかも追加を出して計3日も武道館を埋めた)。つまりマルーン5にとって武道館は殆ど「ホーム」のような会場であり、言うまでもなく武道館をホームにできるようなスケールを持つ海外の現役ロック・バンドなんて今やとんでもなく希少種である。そんな彼らがたった1日しか公演をやらないとなれば、この日の武道館の異様な熱気も理解できるというものだ。

19時40分、客電が落ちると同時に会場はアイドル登場ばりの黄色い悲鳴、野太い歓声、口笛、そして爆音の手拍子で包まれる。年齢性別様々なマルーン5のファン層を瞬時に理解できるような初っ端のオーディエンスのリアクションだった。そしてその大歓声にすぱっと割って入るようにアダム・レヴィーンのハイトーン・ヴォーカルが響き、始まったのは“Payphone”だ。そう、今回のプレミア・ギグは最新作『オーヴァーエクスポーズド』を引っ提げてのワールドツアーでもあって、この最新ヒット曲に場内はさらなる爆発的歓声に包まれていく。“Payphone”自体はクリアな歌メロ主体のシンガロング・ナンバーなので、コンサートの序章としても相応しいゆったりとエレガントなスターターとなった。

マルーン5 @ 日本武道館
そこから一転、畳みかけるように続くのが“Make Me Wonder”だ。美しいシンガロングから一気にスーパー・ゴージャスなファンクへとギア・チェンジされ、さらにそのファンクが加速し、交錯するハロゲンライトの演出とも相まって前半戦のクライマックスを記録していたのが、続く“Lucky Strike”だ。アダムに促されるまでもなくコーラスを完璧に決めるオーディエンスの熱気も最高潮。ちなみにここまで曲間無しの完全シームレスなパフォーマンスで、「グッド・イブニング、レディース&ジェントルマン。ウィー・アー・マルーン5」とアダムが挨拶してようやく最初の曲間が生まれる。「次の曲はうちのPJモートン(Key)が決めてくれるよ」と紹介されたのはキーボード・イントロから始まる“Sunday Morning”。これまた直前までのファンク2連発と打って変わってヴィンテージな香りが立ち上るソウル・ナンバーで、“Lucky Strike”で激しく横揺れしていた武道館が、今度はさざ波のような感嘆がステージに寄せては返していく。

マルーン5は元々とても巧いバンドだが、彼らの凄いところは観るたびに巧くなっていくことだ。ちなみにその巧さとは一種の客観性に基づくもので、たとえばジェイムズのド派手なギター・ソロも、アダムの膝をついてのセクシャルなロック歌唱も、ロック・バンドの定型をなぞりながらもロック・バンド的自己陶酔とはかけ離れた批評眼を感じさせる。全米屈指のセックス・シンボルたるアダムを擁しながらも、ステージ上の6人全員が黒Tシャツ黒パンツとまるで裏方スタッフみたいなスタイルで演奏しているのにも象徴的だけれども、この日の彼らのライヴ・パフォーマンスには煌びやかなまさにザッツ・エンターテイメントな表層と、それを支える緻密でクールな構造部が両方観てとれるのが面白かった。外部ライターを積極的に起用して作られた新作『オーヴァーエクスポーズド』でどんな曲でも自分達のものとして演奏できる、歌いこなせる、マルーン5とはバンドであると同時に「ポップ精製機」であることを証明した、彼ららしい進化を感じさせるパフォーマンスだったのだ。

ちなみにもうひとつ凄いと思ったのはバンドの視野の広さで、アダムやジェイムズはことあるごとにステージの上手下手のぎりぎり端っこに立ち、ステージが殆ど見えない真横の席にいる(おそらく当日券の場所)ファンのために何度も手を振り、投げキスを送り、アピールしていた。それは武道館をホームにしているバンドならではの「気づき」であり、常に満場のオーディエンスを100%楽しませることに注力してきた彼らの「ポップ」の反射神経の賜物かもしれない。

“Wake Up Call”から“One More Night”、そして「アリガトゴザイマス! 武道館は何度やっても最高の会場だし、みんなは最高のオーディエンスだよ!」とアダムが感謝を述べて始まった“Hands All Over”、そしてメンバー紹介を挟んでの“Misery”が立て続けに連打された後半戦はちょっと豪華すぎて笑ってしまうほどの流れで、改めて全曲ヒット曲状態のマルーン5のライヴの異様に驚かされた。本編ラストの“This Love”ではアウトロでアダムが延々とギター・ソロをぶちかまし、ヴォーカリストとしては当然天才でありながらギタリストとしても秀才レベルには余裕で達してしまっているそのプレイにこの日数十回目の怒号的歓声が巻き起こる。「サンキュー・トーキョー! アリガトゴザイマス!」と叫んで彼らがステージを降りた時、時計を見たらまだ1時間5分しか経っていなかったのが信じられないほどの充実、いや、過剰と言ってもいいエンターテイメント・ショウの幕切れだった。

マルーン5 @ 日本武道館
アンコールのサービス精神も凄まじいものがあった。なにしろ1曲目はアダムがドラムを叩き、ジェイムズと交互に歌うホワイト・ストライプスの“Seven Nation Army”のカヴァーなのだ。マルーン5はしばしばライヴでカヴァー曲を披露するバンドだけれど、彼らほどの人気と実力を兼ね備えたバンドが嬉々として他人の曲をプレイする、しかも超本気のカヴァーを披露するというのもなかなか珍しい話だし、その点もまた前述したマルーン5ならではの「客観性」を感じさせるものだと思う。最後の最後にはヒューマン・リーグの“Don't You Want Me”をイントロにして(イントロとは言えこれまた全力のカヴァー)そこから“Moves Like Jagger”へと雪崩込むというサプライズも用意されていた。最初から最後まで一瞬も価値が下がらない、ハレとケで言ったら「全編ハレ」みたいなとんでもないステージだった。(粉川しの)
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