マイケル・スタイプはUSAトゥデイ紙に公開意見書を寄稿し、ジョージア州知事に大学での銃の所持を合法化する新州法を成立させないように呼びかけている。
ジョージア州では銃の所持許可証を持っている21以上の成人なら大学の敷地内でも銃を所持していいという州法が州議会を通過していて、あとはジョージア州知事のネイサン・ディールの署名による認可を待つだけになっている。そもそもディール知事は強硬な銃所持賛成派としても知られているが、マイケルはこうした銃扱いの措置はかつてR.E.M.を結成したジョージア大学のキャンパスなどの風土にはそぐわないと次のように訴えている。
「ぼくにとってこれは故郷の近くで勃発した戦いのようなものなんだ。ぼくはその後R.E.M.のメンバーとなる仲間全員と、アセンズのジョージア大学の学生だった時に出会った。この大学でぼくたちは一緒に演奏するようになってそこから活動を始めて、あれから何年も経ってるけど、今でもぼくたちの中にはまだアセンズを地元と呼ぶ仲間もいるんだ。
ぼくたちにとっても、あるいはほかのたくさんの人たちにとっても大学というのは、いろんな間違いをしてはそこから学習することができるとんでもなく特別な時間なんだ。そこで大人になることを知るんだよ。自分が好きなものに没頭してそれに取り憑かれることもできる。パーティーに顔を出しては飲み過ぎたりする。図書館に行って居眠りして目が覚めたらレポート提出まであと数時間しかないことに気づく。ぼくたちにはみんなそれぞれに自分なりのそんな失敗談があるはずだ。誰もが大学の頃にばかなことにかまけたことくらい、みんなわかっていることだよ。なかには反省してしまう失敗談もあるし、今でもなにかというと人に話したくなる失敗談もある。
ほかのジョージア州人のみんなと同じで、そんなキャンパスに銃が持ち込まれることでどれだけ大学生活に影響を与えてしまうかが心配なんだ。酒が振る舞われるパーティーのような場に実弾入り銃が待ち構えてもいい状況がなにを意味するのかと考えると心配になる。キャンパスでの性的暴行の被害にこの先遭ってしまう人がいるとして(アメリカではキャンパスでの性的暴行が社会問題となっている)、その人が今度は銃を突きつけられるかもしれないこと、そしてその制裁のための裁判でも同じことを追体験しなければならなくなることが心配なんだよ。
教室のことも心配だよ。学生たちが白熱した議論を戦わせる時、これは学生たちがさまざまな世界観を知って見識を広げていくためにとても必要なことなんだけど、でも、自分の周りの人間がバックパックに銃を忍ばせているとわかっているとしたらオープンで正直に戦わされるべき参加者たちの議論はどうなってしまうんだろうと心配になるんだ」
各州でこうしたキャンパスでの銃所持許可法を推し進めていくのは銃規制に徹底して反対している銃器産業の典型的なキャンペーンのひとつだとマイケルは説明しながら、それでもアメリカの国民の大多数から異議を突きつけられてきていると指摘している。この1年間で似たような試みが18州で行われてきたが、これまでインディアナ、ヴァージニア、ウィスコンシン、ケンタッキー、ウェストヴァージニアの5州で廃案となり、ほかのどこも成立せず、ただテキサス1州だけが実際には踏み切ったとマイケルは説明している。しかし、このためテキサス州からは著名な教授陣らが軒並み各キャンパスを去ることになり、さらにキャンパスでの銃所持に備えるための準備だけでもこの先6年で5600万ドル(約61億6千万円)も必要になることをマイケルは指摘している。
それに銃器産業がいくら大学での銃器所持を推し進めようとしても、調べによって全米の78パーセントの学生がこれに反対していて、全米の大学の学長の98パーセントがこれに反対していて、さらに全国の警察署長の89パーセントまでもがこれに反対しているとマイケルは指摘している。また、強硬な銃賛成派として知られるディール知事も、さすがに大学での銃所持に関しては、キャンパス内の託児所の安全性などが懸念されると発言していて、それだけの良識は持ち合わせているとマイケルは知事を称えていて、そのまま法律に署名しないという拒否権を発動することを強く促している。