米津玄師はいつもひとりで踊っている。
ここで言う「踊る」とは「潜る」とか「掘る」とか「飛び込む」といった意味合いである。米津玄師は名実ともにスーパースターだが、彼の音楽には「わたしはひとりの人間である」という視点が常に存在している。たとえ多くの人々の期待を背負ったアニメや映画のタイアップから生まれた楽曲であったとしても、そこには常に彼がたったひとりで踊り明かした形跡が、彼が自分自身の人生を掘って、潜って、感じてきた哀しさや怒りや喜びや滑稽さの形跡が、刻まれている。
それが、聴き手が生きていて、いつの日にかついた喪失の痕や、喜びの温かな余韻、「わたしもまた、たったひとりの人間である」という事実、そういうものと重なったときに、魂を癒すような深い感動が生まれる。「自分はたったひとりだ」と受け入れたときに、人はその人なりのステップで踊り始めるものなのだろうと僕は思っている。
新曲の“烏”でも、米津玄師はたったひとりで踊って、潜って、そうやって感じ取ってきたものを、魅力的な音楽として響かせている。 (以下、本誌記事に続く)
文=天野史彬
(『ROCKIN'ON JAPAN』2026年8月号より抜粋)
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