サマソニ出演、話題の韓国インディ・バンドのヒョゴ(hyukoh)がレッチリ、ポール等憧れのバンドについて語る
2016.08.12 16:16
2015年にセカンド・アルバム『22』をリリースし、8月20日(土)~8月21日(日)の2日間にわたって開催される「SUMMER SONIC 2016」への出演や、8月23日に行われる単独来日公演が、すでにソールドアウトとなっているなど話題の韓国の4ピース・バンド、ヒョゴ(hyukoh)だが、来日直前のインタビューとデビュー・アルバム『20』、セカンド・アルバム『22』から数曲のミュージック・ビデオが公開されている。
“Comes And Goes”のミュージック・ビデオはこちらから。
“Hooka”のミュージック・ビデオはこちらから。
“Panda Bear”のミュージック・ビデオはこちらから。
“Wi Ing Wi Ing”のミュージック・ビデオはこちらから。
●それぞれ音楽を始めたきっかけは?
オ・ヒョク(Vo)「僕は中学生のときにバイオリンを習っていて、時々教会でも弾いていました。あるとき友だちに年の離れた弟が産まれて、1歳のお祝いの席で歌って欲しいと言われて。その頃から歌をやりたいなと思うようになり、歌だけだと手持ちぶさただったので、ギターも弾くようになりました」
イム・ヒョンジェ(G)「僕は子供のときにピアノを習っていたのですが、バイエルが弾けなくて(笑)。楽器をやりたいのにピアノは合わないなと思い、次にドラムに興味を持ったのですが、ドラムはメロディが無いですよね。ベースとギターなら、ベースは弦が4本だからラクかなと思って始めたのですが…やっぱり合わず。残ったのがギターだったのですが、思った以上によく自分に合って続けることになりました」
イム・ドンゴン(Ba)「僕は小学生のときにドラムをやっていた友だちがいて、時々スタジオに遊びに行っているうちに、バンドがやりたくなったんです。何の楽器を習おうかなと思っていたのですが、ギターを経てからベースが面白くなって、今に至ります」
イ・インウ(Dr)「父が音楽をしている人なので、幼いころから父の影響でいろんな音楽を聴いていました。なので自然と音楽が好きになり、自分でも始めるようになったのがドラムでした」
●最初はどのようにスタートしましたか?
ヒョク「僕がソロプロジェクトで音楽を始めていたところに、楽器をやっていた仲間が出会いバンドを結成しました。最初は2014年の秋ごろ、弘大(ホンデ…韓国で最も芸術学部が有名な「弘益(ホンイク)大学」の一帯。ソウルの若者カルチャーの中心地)の小さなライブハウスでスタートしました。他の人がやらない音楽スタイルをやってみたいという強い思いがあって、バンドとしても、きっと成功させようと思っていました」
ヒョンジェ「いずれは沢山の人たちの前でライブをしたいという夢がありましたね」
●それがいま実際に、大人気バンドになったわけですよね。
ヒョク「有難いことです」
ヒョンジェ「街を歩いていても声を掛けられることも増えました」
ドンゴン「ある意味プレッシャーでもありつつ」
ヒョンジェ「そういうこともあって、僕たちも更に音楽的なことにも力を注ぐようになった感じです」
●もしバンドをしていなかったら、今どんな仕事をしていたと思いますか?
ドンゴン「僕は運転することが好きなので、ドライバーとかしているかもしれないです」
ヒョンジェ「僕は動物とかかわいらしいものが大好きなので、動物に関連する仕事をしていたんじゃないかなと思います。動物園でペンギンの面倒見てるとか……。いま家では犬を飼っていますが、猫も育てたいんですよねえ」
インウ「僕ら全員、犬飼ってます」
ヒョク「僕は今、大学でファインアート(純粋芸術)を専攻しているので、ファインアートをさらに勉強しているか、ファッション関係をやっているんじゃないかなと思います」
インウ「以前から音楽とスポーツをやってきたので、音楽は趣味としてずっと続けながら、スポーツ関係の仕事に就いていたんじゃないかなと思いますね。スポーツも父が好きだったこともあり、良く一緒にやっていました。本当に色んな種類をやりましたね」
●皆さんのパーソナルが少し分かりました。ところで、ヒョクさんは長く海外で暮らしていたそうですね。
ヒョク「はい。韓国で生まれて、5ヶ月目から二十歳まで中国でした。中国内の色んな所に住んでいましたが、北京がいちばん長かったですね。インターナショナル・スクールだけでなく、中国の人たちと同じ学校にも通いましたが、家では韓国語でした」
●ヒョクさんのご家族は中国にいらっしゃるのですか?
ヒョク「はい。両親と妹が北京にいます。大学進学を機に、僕だけ韓国に戻りました」
●今年の春には北京と上海でフェスに出演、7月にも上海でワンマンを開催され、すでに中
国でも大人気です。ご家族は観に来られましたか?
ヒョク「北京のフェスを観に来ました」
ヒョンジェ「家族みんなで来ていましたよ。北京で僕たちも、ヒョクの家族と一緒に食事をしました」
ドンゴン「上海公演もこっそり来ていたらしいよ」
ヒョンジェ「ヒョクの妹も来ていたんです」
インウ「そっくりでした!」
ヒョク「似てないって!」
ヒョンジェ「鼻から上がそっくりだって。かわいい妹さんじゃないか」
ヒョク「……(照)」
ドンゴン「ヒョクの両親は以前お会いしたことあるんですが、妹は初めてでした」
●ヒョクさんはヒョゴ(hyukoh)の音楽をすべて手掛けていますが、学生の頃どんな音楽を聴いていましたか?
ヒョク「よく聴いていたのは、欧米の音楽ですね。中学生のときはアメリカの音楽を聴いていて、そのうちUKの音楽も聴くようになりました。ドイツのザ・ホワイテスト・ボーイ・アライブというバンドは大好きで、かなり前から長い間聴いています。でも僕の両親は音楽にあまり興味がなく、保守的なほうだったので、マリリン・マンソンとか聴いていたら怒られました(笑)」
●ではこれまで、韓国の音楽は聴いていなかった?
ヒョク「そうですね、多くは聴いていなかったです。中国にも韓国の友だちがいたので、学校の友だちに教えてもらったり、カラオケに行って友だちから教えてもらうような状態でした」
●ヒョクさんの音楽は、欧米の香りがするメロディに、韓国的な情や若者の今を描いたリリックが融合していて、とても魅力的です。曲作りの際はどんなことからインスピレーションを受けるのですか?
ヒョク「視覚的なことから影響を受けることが多いようで、特に映画からの影響は多いですね。あと歌詞は、これまで経験がそのまま詞になっています。日常的の些細なことや、日々の感情を綴ったものなので、感情に任せて書いていますね。僕は人見知りで内気な性格なので、一人で気分が浮かない時だったり……普段ほとんどが沈み気味なんですが(笑)、そんなときに書きます」
●他の皆さんは、ヒョクさんの作る音楽をどう感じていますか?
ドンゴン「僕は出会った当初、韓国の他のバンドをよく知らなかったので、彼の作る音楽が個性的だという感覚は無かったのですが、何より魅力的な音楽に惹かれましたね」
ヒョンジェ「いちばん最初にヒョクの音楽を耳にしたとき、メロディも魅力的でしたが、僕にとっては“歌声”がとても重要だったんです。同い歳なのに、ずいぶん年上のように渋い声だし、ふと心に入って来るような声質で。だから音楽をやろうと決心したきっかけはヒョクの声でした。彼の歌声なら面白いバンドができると思ったんです」
●では、ヒョクさんと会わなかったらバンドをしていなかった?
ヒョンジェ「そうですね。もし同じような音楽を作る人に会えても、ヒョクの歌声に出会えなければバンドをしていなかったと思います。それほど彼の声が気に入ったんです。(ヒョクを見ながら)今初めて言うけどさ」
インウ「僕もヒョンジェと同じで、ヒョクの“歌声”でした。最初にデモをもらったんです、ヒョクは、僕のデモに対する反応がイマイチだったと言うんですけど、僕は周りの友だちにも聴かせていたくらい、彼の声が気に入っていたんですよ」
ヒョンジェ「(ヒョクを見て)さあ、いま泣くところだぞ!」
ヒョク「それは……良かった……。僕って、歌うまいんだなぁ(大照)」
ヒョンジェ「こいつ、きっと家に帰って泣きますよ(笑)」
全員「(爆笑)」
●ところで、日本へはこの夏が3度目だと伺いました。初めて日本に来たのはいつですか?
ヒョク「2年前(2014)の秋、東京アートブックフェアでした。それが日本での初ライブです」
●どんなきっかけで日本へ来ることに?
ヒョク「韓国でも『アンリミテッド・エディション』というアートブックフェアがあるんですが、そこでお会いした日本の方に音楽を聴いてもらうと、すごく気に入ってくれて呼んでもらったんです」
ヒョンジェ「韓国で初の(ミニ)アルバムを出した直後だった時だね」
ヒョク「そうだよ、日本へ着いてから発売を確認したとか……それくらい直後だった」
ヒョンジェ「でも、インウだけは飛行機のチケット買えなくて(笑)僕ら3人で行きました。アコースティックでのイベントライブだったんで、ドラム無しでも大丈夫でした」
●2度目の来日ライブとなった、昨年11月には渋谷のO-Nestでのワンマンと、表参道のアップルストアでも数曲披露しましたが、手ごたえはどうでしたか?
ヒョンジェ「観客の皆さんの反応が新鮮でした。ステージにすごく集中してくれていることが感じられて。(韓国のように)ステージとお客さんが融合する集中とは違って、日本独特のスタイルなんだなと感じながら楽しんでいました」
ヒョク「何より環境面ですね。小さい会場なのに、サウンドをはじめベストを尽くしてくれたのが、嬉しかったです」
ドンゴン「演奏しながらも、僕たちを初めて観る方が多いというのも気持ち良かったです」
ヒョク「アップルストアは、裏の青山辺りとか服を買いによく通っている場所だったんです。ライブハウスとはまた違って面白かったです!」
ヒョンジェ「ガラス張りの会場って独特で、気分が良かったです」
ヒョク「ライブが終わってから、ある家族がプレゼントをくれたんです。お父さん、お母さん、娘さん、各自がプレゼントを用意していて、“家族プレゼントセット”を貰ったんですよ(笑)」
ヒョンジェ「娘さんが僕らと同世代で、大ファンだと言ってました」
ヒョク「お母さんも、娘さんにつられてすごく好きになったって」
ヒョンジェ「……っていう話を、お父さんが説明して下さいました(笑)」
インウ「家族ぐるみで応援してくれるなんて素敵ですよね。想像以上に多くの人が観に来てくれて、嬉しかったです」
●そして3度目の来日となる今月、いよいよ大型フェス「サマーソニック」の出演と、代官山SPASE ODDでのワンマンが控えています。ワンマンは即完売したそうですね。
ヒョク「本当に有難いことです。すぐにでも日本の皆さんの前に立って、ライブをしたいです」
ヒョンジェ「日本で初めてのフェスと、2度目のワンマン、観に来て下さる皆さんは思いっきり楽しんでほしいです!」
インウ「韓国とはまた違った観客の皆さんと息を合わせることが、すごく楽しみです。日本の観客の皆さんと一つになって、盛り上がりたいです!」
ヒョンジェ「あと僕たち全員、お寿司が大好物なんですよ。特にドンゴンは海鮮が好きだよね」
ドンゴン「ウニ!それにサバも好き。絶対食べに行きます!」
インウ「僕はアニメ好きだから、秋葉原に行きたいな。ビルごとにジャンルも違うし、前回十分に見られなかったから、時間を作って見て回りたいです」
●これから先、こんなバンドになりたいという理想は?
ドンゴン「僕は元レット・ホット・チリ・ペッパーズの、ジョン・フルシアンテ。何よりギターを弾く姿が凄くカッコいいし、Tシャツ1枚だけでもサマになる佇まいは憧れます」
インウ「ドラマーでいうと、X JapanのYOSHIKI、レット・ホット・チリ・ペッパーズのチャド・スミス、ブリンク182のトラヴィス・バーカーなどが大好きです。いつか彼らの姿に近づけるといいですね」
ヒョク「楽しく感じながら長く続けたいと言うのが目標ですが、去年くらいから、ポール・マッカートニーみたいになれたらと思うんです。ずっとビートルズは好きだったけど、ポールに対して特別興味は無かった。でも去年ポールの韓国公演を観に行ったら、3時間以上ライブをしたんですよ。子供から僕たち世代、父の世代から、おじいさん世代の方まで4万人ほどの観客が来ていて、その全ての人を楽しませている力ってすごいですよね。またポール自身もすごく幸せそうで。現役のミュージシャンで、身近に感じる人で最候峰といえば、ポールなんじゃないかと思うようになりました」
ヒョンジェ「ロールモデルの質問を良く受けますが、特に決めていません。僕自身と周りが幸せになれる音楽環境であればうれしいです」
●最後に、日本の皆さんにメッセージを。
ヒョク「ものすごく楽しみにしています。しっかり準備して、すぐに会いに行きます!」
ヒョンジェ「本当に有難うございます。待っていて下さい。」
インウ「アイシテル!」
ドンゴン「早く会いたいです、期待して下さい!」