今週の一枚 マイク・シノダ『ポスト・トラウマティック』

今週の一枚 マイク・シノダ『ポスト・トラウマティック』

マイク・シノダ
『ポスト・トラウマティック』
6月15日発売


まず最初に書いておきたいのは、マイク・シノダ名義では初のアルバムとなる今作が、どこまでも優れたポップ・アルバムであるということだ。もちろん、彼がリンキン・パークでもフォート・マイナーでもなく、マイク・シノダという一個人としてアルバム制作に向き合うに至った動機自体に、そしてその作品の中で歌われているテーマの随所に、偉大なボーカリストにして盟友=チェスター・ベニントンという存在を失った絶望的な悲しみが、拭い難く関与していることは間違いない。しかし彼は、自分の――いやマイク・シノダというひとりの人間の悲しみに、世界屈指のポップ・クリエイター=マイク・シノダとしての手腕と情熱をもって真っ向から対峙した。それによって今作は、暗闇から立ち上がろうとする人間の葛藤と意志を、狂おしいまでの切実さと荘厳さをもって響かせつつも、音楽的なフックとアイデアを満載した眩しい名盤として結実したのである。

すでに先行EPで発表されている“プレイス・トゥ・スタート”、“オーヴァー・アゲイン”、“ウォッチング・アズ・アイ・フォール”の3曲をアルバムの冒頭に配しつつ、ミュージック・ビデオが制作された“ナッシング・メイクス・センス・エニモア”、“クロッシング・ア・ライン”などトータル16曲に及ぶ楽曲を収録した今作。“ナッシング〜”や“ホールド・イット・トゥゲザー”、“ゴースツ”など、BPMやリズム感、メロディワークといったディテール越しにリンキン・パーク的な透徹した切迫感を漂わせる楽曲もあるが、むしろ今作では「バンドの作品」という枠組みから離れていることによって、シノダのソングライター/トラックメイカー/シンガー/ラッパーとしての才気の豊かさ、表現のレンジの広さがクリアに際立っているのが印象的だ。オルタナティブ・ヒップホップの精鋭=ブラックベアーを迎えた“アバウト・ユー”、K・フレイのスウィートな美声に旋律を託した“メイク・イット・アップ・アズ・アイ・ゴー”……といったフィーチャリング曲もちりばめながら、重く沈んだ境地から少しずつ光を取り戻していく過程を克明に綴っていく構成は、それ自体が珠玉のドキュメントとしての訴求力を備えている。


《『あいつはもう何も気にしてない』ってみんな言うだろう。そして、それが嘘だっていうことを知っていてほしい》――アルバム中盤に収められた“クロッシング〜”からは、少しでも前へ先へ進もうとする想いと、今なお胸を覆う喪失感、さらにサバイバーズ・ギルトとでも言うべき煩悶とが渾然一体となっているモードがリアルに浮かび上がってくる。そして、上記の歌詞は以下のように続けられている。《なぜなら、僕は自分が何を待っているのかわかったんだ。だけど、そこに辿り着くということは、『一線を越える(crossing a line)』ことを意味するんだ》――思わず胸を突かれるようなフレーズの数々をしかし、MVの中のシノダは悲痛さよりも渾身の決意をその佇まいに滲ませながら、時にファンに囲まれ穏やかな表情も覗かせながら、躍動するメロディラインとともに歌い上げている。その姿に感動を禁じ得ない。


今にして思えば、チェスター生前最後のアルバムとなったリンキン・パークの最新作『ワン・モア・ライト』は、チェスターの重力崩壊寸前の感情が、ディストーション・サウンドではなく磨き抜かれたポップ・サウンドを必要とした作品だった。だからこそ“ヘヴィー”も“バトル・シンフォニー”も、恐るべきシビアさと精度でもって、儚くも美しい人間と生命の本質にフォーカスを合わせた音像を実現し得たのだろう。人間の手で生み出すポップ・ミュージックで、人間の限界を超えた真実に迫ろうとする――それこそ聖歌の如き真摯なアティテュードを通奏低音として内包していた『ワン・モア・ライト』と同じ視線が、今作には確かに存在している。そして、残酷なまでに皮肉な話だが、愛する友人を失ったことによって、シノダの創造性は想像を絶するほどに研ぎ澄まされ、新たなポップの聖歌に満ちたアルバムを完成させたのである。

チェスターが世を去ってから、もうすぐ1年が経とうとしている。また夏がやってくる。シノダはこのアルバムを携えて、サマーソニックやレディング、リーズといった大舞台に立つことを決めた。それによって彼の心の傷が少しでも癒えるのか、それともさらにチェスター不在の事実とシリアスに直面することになるのか、誰にもわからない。ただ、シノダは前進することを決めた。その覚悟が、世界中の「悲しみを乗り越えること」を祝福するかのようなスケール感を持った今作の最大の原動力になったことだけは、微塵も疑いようのない事実だ。(高橋智樹)
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