【約6年ぶりの新作直前】サカナクション山口一郎が難産の果てに名曲を生み出してきた軌跡を辿る

【約6年ぶりの新作直前】サカナクション山口一郎が難産の果てに名曲を生み出してきた軌跡を辿る
ついに、出る。サカナクションの約6年ぶりとなるアルバム『834.194』が6月19日(水)にリリースされる。本当に長い時間待った。とはいえ、当初は4月発売とアナウンスされていたものが「制作進行上の理由」により延期となり、この原稿を書いている5月8日の時点でまだアルバム完成の報せは届いていない。つまり今回も制作作業は大詰めに至って難航していることが窺える。「今回も」と書いたのは、これまでの作品においても、山口一郎(Vo・G)はときに体調を崩し、精神を削り、ギリギリまで自分を追い込みながらクリエイションをおこなってきたからだ。アーティストとしてのこだわりという域をはるかに超えた「産みの苦しみ」。なぜ山口はそれを自らに課し続けるのか。過去の名曲にまつわるインタビューでの彼の発言から、「サカナクションにとっての作品作り」の正体に迫りたいと思う。(小川智宏 )


毎度大変ですけど。なんなんすかね? 最近、曲作ってて思うんですけど、結局、僕は僕のことしか歌にできないし、それ以外のことを書くと小説になっちゃうし。恋愛してないから恋愛の曲書かないし。でもハンパじゃないですね、自分と向き合い続けて生活するのって。タバコを吸うのもお風呂に入るのも朝起きて水飲むのもトイレに行くのも、ちょっとそのへん歩こうかなって思うのも、全部自分から何か生まれるかもしれないっていうきっかけでしかないっていうか。みんなどうなんだろう?って思うんですけど。ベボベ(Base Ball Bear)の小出(祐介)くんにちょっとそんな話をしたら「それは病気だね」みたいなことを言われたんですけど(笑)。でもすごくわかってくれましたけどね。みんな、そういうもんだって。

(ここが)始まりでしたね。しかもかなり暴力的な始まりでしたね。ほんとに昔の自分の胸倉掴んで――5年前の自分の胸倉掴んで、1年前の自分の襟首掴んでノートに口にくわえたペンで書くみたいな。殴り合いでしたね。
(『ROCKIN’ON JAPAN』2009年12月号/“アルクアラウンド”)

2010年1月に発売された、サカナクションのセカンドシングル『アルクアラウンド』。アルバム『シンシロ』から約1年という、新人バンドにしては異例のブランクを空けてのリリースとなった。北海道から東京に移り、改めて「この地」でミュージシャンとして生きていく覚悟を歌ったと取れる歌詞は、激動の中で自分自身と徹底的に向き合った果てに書かれた決意表明だった。「自分の襟首掴んでノートに口にくわえたペンで書く」――山口自身が「殴り合い」と表現した歌詞との闘いは、思えばこのときから始まっていたのだ。


“目が明く藍色”って曲が今回入ってて、あの曲は僕がずっと昔から僕が温めてた曲で、9年前ぐらいから原曲っていうかアイデアはあったんです。それを実現するタイミングをずーっと待ってたんですけど「やるならこのタイミングだな」って。で、それをアレンジするのに僕個人的にむちゃくちゃ時間かかって「これだとアルバム作るの時間かかるな」って思ってた時に制作方法を変えて。今までは1人担当を決めてその人とマン・ツー・マンでやってたけど、今回は原曲作ってすぐみんなでスタジオ入って、ちょっと合わせて僕がいなくなって、アレンジがまとまりかけた時に僕が行って修正して、また僕が抜けて、ファイナルでメンバーの誰かが僕にプレゼントするっていうやり方にしたんです。
(『ROCKIN’ON JAPAN』2010年4月号/“目が明く藍色”)

アルバム『kikUUiki』の制作は、7分近くの長さを持つ複雑で壮大なこの楽曲のためにスケジュールが詰まり、最終的にアルバムが完成したのはリリースのわずか1ヶ月前だった。だが逆にいえば、この楽曲がなければ『kikUUiki』は完成しえなかったし、今のサカナクションもなかった。上記の山口の発言にもあるとおり、バンドの制作メカニズムが決定的に変わった瞬間であり、そのぶん以後の山口はソングライティング、とりわけ歌詞を書くという部分においてますますディープに潜っていくことになる。


“ルーキー”を作る上で本当に、いくつも折り重なる条件の一点みたいな部分で、どうしても言い当てなきゃいけない曲だったんですよね。説明しなきゃいけないっていう。うん……過激だけど「(決着をつけることが)できなかったら死ぬ」って言ってましたからね、僕。うん。難しかった、ほんとに。いろいろ犠牲にしましたしね。
(『ROCKIN’ON JAPAN』2011年4月号/“ルーキー”)

音楽的にはハイパーなテクノサウンドと肉体的なリズムやコーラスが融合した、現在のサカナクションの端緒となったともいえる“ルーキー”。シングルとしての大衆性やバンド感と、孤独な心を痛いほどに見通した歌詞の内面性が正面からぶつかって燃えるような、奇妙な熱を帯びた楽曲である。ここに刻まれているのはサカナクションというプロジェクトがますますスケールアップしていくなかでその状況と表現者としての自身との折り合いをどうにかつけようともがく山口の姿だ。その格闘はその後“新宝島”にいたるまで、サカナクションのメインテーマであり続けている。


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