その第4回目では、チャットモンチーのラブソングに迫る。
今までに何度、チャットモンチーのラブソングに自分の恋愛を重ねて聴いたことだろう。イヤホンから“風吹けば恋”が流れると、恋の始まりの嬉しさや恥ずかしさ、思わず駆け出したくなる高揚感がわき上がってくる。あの頃に比べるとすっかり大人になってしまったけれど、この曲を聴くたびにまだ新芽だった恋心のキラキラを思い出すのだ。
チャットモンチーの音楽に触れてきた人ならばそんな風に、いつかの忘れ難い恋愛や青春の日々を鮮やかに蘇らせる「特別な1曲」があるに違いない。彼女たちの楽曲制作はほとんどが歌詞先行で、ご存知のとおりメンバー全員が作詞を手掛けていた。どの曲も歌詞である以前に「詩」として成り立っている上で、メロディと楽器を乗せていく。だからこそ3人が書く歌詞はそれぞれの個性が失われず、表現の手法もラブソングの恋愛観も全く違っている。
例えば、橋本絵莉子が書くラブソング。彼女の歌詞はある意味抽象的で、聴く人が経験してきた恋愛によって頭の中で再生されるストーリーが違ってくる。≪あの人がそばに来たら/あなたのそばにもし来たら/私を捨ててあの人つかまえるの?≫10代の頃の実体験が基になっているという“恋愛スピリッツ”の歌詞は、三角関係のみならず片想いでも両想いでも当てはまることがあるはず。なぜなら恋愛において、相手の気持ちの変化は常につきまとう不安だから。そんな同曲の始まりは≪今までひとつでも失くせないものってあったかな≫であるが、同じく10代で書かれた“橙”にも≪甘えぬき傷つけぬいた私は/今度は何を求めるかな≫と自問するような歌詞が含まれている。どちらも情景描写が少なくほとんど心情のみで歌詞が構成されており、これら共通項からわかるのは主人公の恋愛に「自分自身と向き合う時間」が多いということ。だから橋本のラブソングにはどこか孤独感が漂い、自問の末に吐き出される答え≪もうどこにも行かないで/プリーズドンゴーエニウェア≫には、切実さが滲み出ている。
一方、元ドラムス・高橋久美子の歌詞は物語性があり、一聴してその情景が浮かび上がってくるのが特徴。彼女が作詞したラブソングの中でも人気が高い“8cmのピンヒール”は、背伸びした恋愛のワンシーンが切り取られている。女性ならわかるが、8cmのピンヒールとなると踵は相当高く、慣れていないと歩くのも難しい。その状態で「あなた」と歩幅を合わせることから伝わってくるのは、主人公のひたむきな健気さだ。≪月を見て綺麗だねと言ったけど/あなたしか見えてなかった/あの光はね 私たちの闇を照らすため/真っ黒の画用紙に開けた穴≫「あなた」が隣にいなければ月はただの月でしかないはずなのに、主人公の純粋な恋心は周りの景色をも変えてしまう。≪あなたを乗せてやってくる夜行バス/ピンク色に見えました/あなたを連れて走っていく夜行バス/灰色に見えました≫(“バスロマンス”)これも何かの比喩というわけではなく、恋愛真っ只中だから本当にそう見えたのだ。ロマンチックとは現実や理性に邪魔されずに、その世界に入っていける純粋さのことを言うのかもしれない。
そして、3人の中で最も女性ならではの視線や感情をストレートに言葉にしているのが、福岡晃子の歌詞。時にドキッとさせるようなフレーズで、聴き手の心を大きく揺さぶる。≪いつだって そばにいたかった/分かりたかった 満たしたかった≫――煙草が好きな「あなた」への想いが綴られた“染まるよ”は、いつまでも煙のように立ち込める後悔の中に≪あなたのくれた言葉/正しくて色褪せない/でも もう いら ない≫と突き放す一言が差し込まれる。ラブソングに限らず、福岡の歌詞に出てくる主人公は自分の意志を持つハッキリした女性が多いイメージ。そういう人はきっと恋愛でも駆け引きや誤魔化しが得意じゃなく、それゆえに≪いつだって恋がしたいよ/あなた以外と≫(“ときめき”)なんて本音を曝け出す歌詞が生まれるのだろう。とは言っても実際、この曲で書かれている矛盾した気持ちは、本当は誰もが「わかる」けれど何となく心の中に留めている。こういった容易く人に話せない正直な言葉ほど、誰かを深く共感させたり励ましたりするものだ。
もちろんチャットモンチーのラブソングは他にも沢山あり、3人の歌詞の魅力やそこから読み取れる恋愛観は、ここで挙げた例だけに限らない。しかし一貫して言えるのは、どの曲も「恋をする人間の強さ」が根底にあること。彼女たちは決して主人公を惨めには書かないし、切なくなることはあっても、聴いて落ち込んでしまうようなラブソングはない。恋愛をする上で純粋な気持ちを持つこと、自分自身と向き合うこと、己の感情に正直であることはどれも大切な要素だが、それには強さが必要なのだと思う。だから3人が書くラブソングは広くいろんな人の恋愛と重なるだけでなく、背中を押してくれるものでもある。そしてこれからもずっと、恋をするあなたのテーマソングであり続ける。(渡邉満理奈)