【連載】ロック恋愛♂解体新書♀ 桜井和寿(Mr.Children)編

【連載】ロック恋愛♂解体新書♀  桜井和寿(Mr.Children)編
【連載】ロック恋愛♂解体新書♀  桜井和寿(Mr.Children)編
世にラブソングは多く存在していて、そこに描かれる恋愛観もまた様々である。あなたが聴いているそのラブソングのなかで、いったいどんな主人公が恋をしているだろうか。なかなか決断できない女々しい男の子? 24時間ずぅっと大好きな人のことを思い浮かべているピュアな女の子? すぐに妄想をしてしまう男? お酒を飲まないと本音が言えない女? この連載「ロック恋愛♂解体新書♀」では、個性的なアーティストの楽曲からどんな恋愛観が読み取れるのか、ラブソングをもとに解体新書のごとく紐解いていく。
その第9回目では、Mr.Children桜井和寿のラブソングに迫る。


Mr.Childrenでいちばん好きなラブソングは何か?と自分に問いかけてみる。究極の質問だ。あえてシングル曲だけに限定しても“君が好き”、“Sign”、“しるし”、“GIFT”……いや“シーソーゲーム 〜勇敢な恋の歌〜”でしょうとか、何言ってんだ“Everything (It’s you)”に決まってるだろうとか、脳内会議は紛糾である。《そしてひねり出した答えは》、なんと“Hallelujah”であった。

《いつの日か年老いていっても この視力が衰えていっても/そう 君だけは見える》

この、日常を積み重ねていった先にある愛の風景が「いいな」と思う。そしてその、恋の先にある愛の風景にこそ桜井和寿の真骨頂はあると思う。

今はどうか知らないけれど、かつて「カラオケでミスチルを歌うとモテる」と言われていた時代があった。鉄板曲として挙げられていたのは“抱きしめたい”。悲しいかな、個人的にその効果を実感した経験は皆無なので「んなわけあるかい」と叫びたい気持ちもあるが、まあ、言いたいことはわかる。いわずもがなMr.Childrenを代表するバラードのひとつである“抱きしめたい”に描かれているのは、徹底的にピュアな「君」への想いだからだ。

《キャンドルを 灯すように/そっと二人 育ててきた/形のない この想いは/今はもう 消えはしない》

という歌詞に透けて見えるふたりで重ねた時間と純粋さ。いわばこれから恋を始めていくかもしれないふたり(あなたと、あなたがカラオケで口説こうとしている相手)の理想的な未来を先取りしている(ように聞こえる)のだ。ああ、あのとき大サビで声が裏返りさえしなければそんな未来が待っていたかもしれないのに!


だがしかし、桜井が歌っている愛はそんなにピュアな側面ばかりではない。バンド結成30年、数多くのラブソングを生んできた彼だが、実は青春的な恋愛ソングはそれほど多くない。デビュー作『EVERYTHING』に収録されている“君がいた夏”や“友達のままで”、あるいは“抱きしめたい”も入っている『Kind of Love』の“BLUE”や“いつの日にか二人で”といった初期曲にはみずみずしくも甘酸っぱい恋が活写されているが、同じ『Kind of Love』でも“車の中でかくれてキスをしよう”や“Distance”にはダークな別れの予感が漂っているし、続く『Versus』の“LOVE”や“逃亡者”に至っては、恋はすでに過去のものになっている(その究極が『Atomic Heart』収録の名曲“Over”だと思う)。

それ以降、桜井はふたつの人生を重ね合わせる「愛」を描き続けてきた。“Over”の続きのような“手紙”も収録されている『深海』で恋の芽生えからふたりで暮らし始めるまでを描いた上で《男女問題はいつも面倒だ/そして恋は途切れた》と歌う“ありふれたLove Story 〜男女問題はいつも面倒だ〜”ではたぶん女性を振り向かせることはできないが、まさに《面倒》な関係としての「愛」、いいかえれば「恋」の先にある人生/生活としての「愛」こそが僕らの人生の大部分だったりもするのだ。

《愛はきっと奪うでも与えるでもなくて/気が付けばそこにある物》(“名もなき詩”)

《愛すべき人よ 君に会いたい/例えばこれが 恋とは違くても》(“Everything (It’s you)”)

《ひとつにならなくていいよ/認め合えばそれでいいよ》(“掌”)

《ありふれた時間が愛しく思えたら/それは“愛の仕業”と 小さく笑った》(“Sign”)

《僕等はひとつ/でも ひとつひとつ/きっとすべてを分かち合えはしない》(“pieces”)

燃え上がるような恋が過ぎた日常としての愛。それをこれほど大切に歌えるところに同じ男性として感動する。ちょっと話は逸れるが、桜井は「愛する人」ではなく「愛すべき人」という表現を上記の“Everything (It’s you)”をはじめ、いくつかの曲で使っていて、僕はこれがとても好きだ。「愛する」ということに伴うある種の責任――と言うと言葉が重いが、桜井の「好き」や「愛している」の底にはそんな心情が横たわっている。彼の書くラブソングが同時に人生論としても読めるのは、つまりそういうことなのだ。


アルバム『SENSE』に収められている“365日”という曲は、そういう意味でとても桜井和寿なラブソングである。《365日の/言葉を持たぬラブレター/とりとめなく ただ君を書き連ねる》。桜井にとって愛とはそういうものなのだ。続く《心の中のキャンドルに/フーっと風が吹いても消えたりしないように》という一節には“抱きしめたい”の《キャンドルを 灯すように》という歌詞を連想するが、ある種無邪気な愛への信頼を歌う“抱きしめたい”と、この曲に宿る自然体の意思のあいだには大きな違いがあるように思う。


最新作『重力と呼吸』のオープニングナンバー“Your Song”でも、桜井はこう歌っている。

《ふとした瞬間に同じこと考えてたりして/また時には同じ歌を口ずさんでたりして/そんな偶然が今日の僕には何よりも大きな意味を持ってる》

積み重ねていく愛を、運命でも必然でもなく《偶然》と呼び肯定してみせる。その懐の深さ、愛の定義の広さが、彼のラブソングをどこまでも普遍的なものにしていると言えるのかもしれない。(小川智宏)

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