世にラブソングは多く存在していて、そこに描かれる恋愛観もまた様々である。あなたが聴いているそのラブソングのなかで、いったいどんな主人公が恋をしているだろうか。なかなか決断できない女々しい男の子? 24時間ずぅっと大好きな人のことを思い浮かべているピュアな女の子? すぐに妄想をしてしまう男? お酒を飲まないと本音が言えない女? この連載「ロック恋愛♂解体新書♀」では、個性的なアーティストの楽曲からどんな恋愛観が読み取れるのか、ラブソングをもとに解体新書のごとく紐解いていく。
その第6回目では、yonige・牛丸ありさのラブソングに迫る。
「四畳半フォーク」という言葉がある。これはWikipediaによると、こんな風に定義づけされている。「フォークの中でも、恋人同士だけの貧しい暮らし(四畳半の部屋に同棲など)における純情的な内容を中心とした、主に1970年代の作品」――時代も違えばジャンルも異なるし、全く別物ではあるのだが、yonigeのラブソングも生活に溶け込む恋人同士の情景が浮かんでくる作品が多い。その舞台となっている部屋は決まって広くはなく、どちらかというと一人暮らしで丁度いいくらいの大きさを彷彿させる。言うなれば、牛丸ありさ(Vo・G)が書くラブソングは「ワンルームロック」なのである。
≪バイバイ あの狭い部屋/バイバイ まだ怒ってる?/バイバイ 君に投げつけたアボカド≫(“アボカド”)
“アボカド”という名曲に出会った時、衝撃と共に「どうしてアボカドなんだろう?」とも思った。感情的になって何かを投げつけるにしても、例えばクッションとか鍵とか、他にある気がしてしまう。しかし「狭い部屋」という描写によって、アボカドである理由が見えてくる。この曲に出てくるふたりが住む家はきっと、台所も一緒になっているような間取りなのだ。そこで料理をしている時に相手と口論になり、咄嗟に手に持っていたアボカドを投げつけた。というのはあくまで想像だが、そんな光景がやけに生々しく再生される。また、“ワンルーム”の歌詞で描かれている≪君を泊まらせた後の誰もいないワンルーム≫には、あげっぱなしの便器や綺麗に畳んだ寝巻きなどの痕跡が残っている。その中で「わたし」は確かに「君」への愛情を感じているのに、ふたりはお互いの一番大切な人同士ではない。この2曲に共通している「部屋の狭さ」は、恋愛における繋がりの強さが体感の距離でなく、心の距離の問題であるという事実にスポットを当てる。親密にも思えたひとつ屋根の下で過ごした時間が、余計に恋愛のやるせなさや切なさを助長させることもある。
そもそも人間は、恋愛によって全てが満たされるわけではないはずだ。生活は恋愛ありきのものではなく、まず個人の生活がある上でそこに恋愛が入り込んでくる。それでも昔からラブソングは感情的に、時には劇的に書かれていることが多く、それは私たちが生活とは切り離したドラマティックを恋愛に求めているからだろう。そう考えると、牛丸が書くラブソングはどこか冷静で現実的とも言える。でも決して「冷めている」わけではなく、自分の恋愛観をラブソングの常套句で誤魔化さないということだと思う。
では、牛丸の冷静さは一体どこから来ているのだろう? 過去のインタビューでは、こんなことが語られていた。「感情的になりすぎたら、100%後悔すると思ってるから。それは『恥ずかしい』ってだけかもしれないけど、やっぱり冷静でいたいですね」(『ROCKIN’ON JAPAN』2018年3月号)この言葉からもわかるように意識して冷静でいるものの、yonigeというロックバンドをやっている彼女はきっと、自分の感情を疎かに出来るような人でもない。その折り合いをつけているのは、“センチメンタルシスター”の歌詞から滲み出るある種の哲学だ。
≪センチメンタルシスターが代わりに/君の過去を許して救うよ≫(“センチメンタルシスター”)
許せないことがあっても、相手を完全には嫌いになれない。この矛盾した苦しみを消化するセンチメンタルシスターはつまり、諦念の気持ちにも似た愛情なのではないか。そして、ここで出てくる「許し」というキーワードは他の曲の歌詞にも含まれている。例えば“さよならプリズナー”の≪許されなくていい 忘れられてもいい/ただ傷つけたことの償い方がわからないんだ≫だったり、“さよならアイデンティティー”の≪愛していた/恋していた/許していた≫だったり。牛丸にとって「愛」と「許し」はセットなのかもしれない。
≪どうでもいいよ/どうだってなるよ/そのままでいてよ≫
≪あんまよくわからないけど/それが愛するということ≫(“みたいなこと”)
変わってしまうことに抗い、相手の心が自分の思った通りに動かず悲しくなる。そんな恋愛がもたらす苦しみの経験から学ぶことは沢山ある。牛丸の歌詞は間違いなく、それを知っている人の言葉だ。彼女の冷静さの奥に見える「愛とは傷つけ合い許すもの」という哲学に、yonigeのラブソングの本当の特異性や美しさを感じる。(渡邉満理奈)
【連載】ロック恋愛♂解体新書♀ 牛丸ありさ(yonige)編
2019.09.23 12:00