【連載】ロック恋愛♂解体新書♀ 椎木知仁(My Hair is Bad)編

【連載】ロック恋愛♂解体新書♀ 椎木知仁(My Hair is Bad)編
【連載】ロック恋愛♂解体新書♀ 椎木知仁(My Hair is Bad)編
世にラブソングは多く存在していて、そこに描かれる恋愛観もまた様々である。あなたが聴いているそのラブソングのなかで、いったいどんな主人公が恋をしているだろうか。なかなか決断できない女々しい男の子? 24時間ずぅっと大好きな人のことを思い浮かべているピュアな女の子? すぐに妄想をしてしまう男? お酒を飲まないと本音が言えない女? この連載「ロック恋愛♂解体新書♀」では、個性的なアーティストの楽曲からどんな恋愛観が読み取れるのか、ラブソングをもとに解体新書のごとく紐解いていく。
その第10回目では、My Hair is Bad・椎木知仁(G・Vo)のラブソングに迫る。


同じ男として椎木みたいな恋愛気質が羨ましいかと言われると全然そんなことはないと言うか、むしろ「大変そうだなあ」と思うことのほうが多い。だって、彼の書く主人公は常に深読みしたり誤解したり暴走したりしながら恋をしては恋にやぶれ、その一方で音楽を作って歌を歌って、過去を忘れられないクソみたいな自分に嫌気がさしてはもう全部どうでもいいやって思いながらも結局そんな自分を愛している……みたいな、複雑怪奇な回路をぐるぐるぐるぐるまわっているのである。忙しそうだ。

椎木の書く恋愛ソングがほかのラブソングと何が違うかというと、いちばんはずっと「恋がわからない」ところなんじゃないかと思っている。いや、わからないのは恋というよりも「気持ち」のほうかもしれない。《ブラジャーのホックを外す時だけ/心の中までわかった気がした》という“真赤”のパンチラインにもあるとおり、そこまでいかないと心の中はわからないというか、それでもなお《わかった気がした》だけであるというところに、椎木が描く恋愛の根深い不器用さとロマンがある。そこに僕は、羨ましくはないけどグッとくる。

ここでいう「ロマンがある」というのは歯が浮くように甘いという意味ではなく、なんでもない光景の奥底に何かすごいものがありそうだと感じる、という意味だ。そういう意味で椎木にとっての恋愛に宿るロマンは、バンドや音楽のロマンとまったく同じなのだと思う。ピュアすぎるほどピュアだし、その純粋さのせいでこんがらがったり面倒くさいことになったりするが、それでも彼は「なんで音楽をやるのか」と変わらない熱っぽさで「なんで恋をするのか」と問いかける。そしてその「なんで」に対する答えはいつまで経っても見つからない。「わからない」、「答えにたどり着けない」からこそ椎木はぐるぐると恋をし続ける。


《君の周りがどうだとか/君の気持ちがどうだとか/そんなのよくわかんないけど/僕は君が好きなんだ》

ポップな“関白宣言”の主人公のバカ正直っぷりが僕は好きだが、まさに椎木の恋愛観はこういうものなのだろう。マイヘアには珍しいプロポーズソング“いつか結婚しても”ですら《愛してるなんて言わないぜ》、《なんだかんだ言って僕らは他人で/ああだこうだ言って好きにしたらいいよね》と彼は歌っている。そんな、直接相手に言ったらきっと「は? 何言ってんの?」と言われるようなことにこそ、彼の恋愛ソングの本質はある。


《「きれいだったこの夜景も/朝が来れば違う顔だ/今の僕らと似ているように見えない?/観覧車は昇って あとは落ちてくだけだ」/とは言わずに抱き寄せてキスをした》

この“観覧車”の主人公のように、椎木の書く男は決定的な言葉を相手に伝えることを避け続ける。「好きだ」、「愛している」という言葉の代わりに「工事中」の看板とか爪の色とかテーブルに置かれた合鍵とか干しっぱなしの洗濯物とか、そういうものに愛しさや切なさを見出して、「どうしてこんなことになっているんだろう」と自問する。そしてそう自問すればするほど、音楽も恋も止まらない。それが椎木という男だ。彼の書く曲はウェットな感情だらけなので最初は「女々しい」とか言われたりもしていたが、本当は女々しいというよりも「逃れられない」ということなんだろうと思う。まあ、それは同じことなのかもしれないが。

そんな椎木の「逃れられなさ」を象徴しているのが、椎木の書く「元カノへの歌」たちだ。《今は君の彼氏じゃない でもそいつはマジで寒いんじゃない》と別れた恋人の新しい彼氏を一方的にディスる“元彼氏として”、逆に別れた恋人に向けて「彼女ができた」と一方的に告げながら《恋は薄まって でも愛はまだ残っているよ》ととんでもないことを歌う“恋人ができたんだ”。終わったはずの恋にも相変わらず椎木の曲の主人公は振り回され続けている。別れの心情を綴った“卒業”で歌われているとおり《一万回間違ったって/恋や愛をやめられないさ》ということなのであり、“真赤”で歌われているとおりいつまで経っても《赤い首輪はついたまま》なのだ。


《誰かに愛されて/誰かを愛している/何かに気付けなくて/何かを傷つけてる/それだけなんだ》

という“ドラマみたいだ”の歌い出しは恋愛のことを歌っているのだが、同時になぜ曲を書きバンドで歌っているのかについての言葉にも思える。椎木のラブソングはすべてそんな感じで、そこに登場する女性を「音楽」とか「バンド」とかに置き換えても成立してしまう。それが椎木にとっての恋愛なのだ。《それだけなんだ》といいながら、《誰か》、《何か》と実際は正体不明、だから毎回わけがわかんなくなって「なんでこんなわけわからないものに取り憑かれているんだろう」と思う。椎木はいつも、恋愛の相手に振り回されているのではなく、恋をしている自分自身に振り回されている。そしてその振り回されている自分を、彼は今日もギターをかき鳴らして歌うのだ。(小川智宏)

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