しかし、それは単に、あるテーマに対して楽曲を書き下ろすスキルが伸びている、という話ではない。ネット上でひとり音楽を作るところから始まっているEveにとって、作品やコンテンツ、プロダクトといった「他者」と関わることは大きな事件だっただろう。そして、その一つひとつと恐れずに対峙してきたからこそ、進化することができたのである。
その構図は、アルバム『Smile』制作の頃から始まった。ROCKIN’ON JAPAN4月号での全曲解説インタビューで、「『Smile』っていうアルバムは、『おとぎ』を出す前、“闇夜”とか“レーゾン(デートル)”で、タイアップっていうものがはじめて自分の中に飛び込んできて、がむしゃらにやってたところからはじまってるんです。それで曲がある程度集まってきてから、アルバムとしてまず並べて聴いてみた時に、この曲たちが共通して、二面性をはらんでいるなあと自分の中で解釈したんですね」と語っている。テーマも音楽性もバラバラのタイアップソングの中から、自分を構成するヒントを見つけていったのだ。きっかけになった“闇夜”は、手塚治虫の同名漫画をアニメ化した『どろろ』のエンディングテーマ、“レーゾンデートル”は専門学校HALのCMソングだ。生贄として捧げられた自らの肉体を取り戻すために闘う百鬼丸と盗賊どろろの交流を描いたダークファンタジーと、夢を叶えるために勉強している学生の背中を押すCM――対極ともいえる世界観を前に、EveはあくまでEveとして対峙しているから、そこにはしっかり共通点がある。
ああいつだって 愚かさに苛まれているの
でもさ辛くなって 終わらない夜ならば
きっと疑わぬ貴方 呪われた世界を愛せるから
(“闇夜”)
存在もないようなもんだ 誰もわかっちゃいないや
感情論に縋ってなんて憚れば堕ちる
だけど 夢に目覚めた君は何をみるの
最低な日を超えて
最善の成る方へ
(“レーゾンデートル”)
生きづらい世の中で、決して拭えない孤独。それらが傍らにあることを大前提として、ならばどうやって生きていくか? その自問自答が鮮烈に刻まれているのだ。
『Smile』収録のほかのタイアップソングもそうだ。ロッテ ガーナチョコレート「ピンクバレンタイン」テーマソングの“心予報”、「JR SKISKI」2019-2020 キャンペーンテーマソングの“白銀”。「バレンタイン」や「スキー旅行」など、おおよそそれまでのEveの音楽にはなかったキーワードに対して、音楽的にも極上のポップソングに挑戦しているのだが、やはりここでも彼は自問自答する。
最低な昨日にさえ
さよなら言いたいよな
甘いおまじないかけられてしまいそう
だから
この夜を越えてゆけ
(“心予報”)
気付いていたんだ 気付いていたんだ
加速する体温 焦燥を描いた
ただ ただ このまま終わりにしたくないんだ
刹那的な物語を今
ゆこう
(“白銀”)
この2曲にはいずれも、勇気を持って一歩を踏み出す大切さ、その先に開かれていく世界が綴られている。それはたしかに、バレンタインの告白であり、かけがえのないスキー旅行の思い出でもあるだろう。しかし、その奥に存在するのは、知らなかった景色や刺激を受けて変容していく過程で、他者の望みを理解し、受け入れて繋がっていこうとするEveの姿だ。楽曲を書き下ろし、自問自答を経て、孤独だった自分も、変化していく自分もともに肯定する。タイアップソングは、そんな彼自身の変化を記録したドキュメンタリーでもある。同時に、いずれの曲も音楽的な挑戦を含んでいることが大きい。“闇夜”や“心予報”でエレクトロニカ要素を取り入れたり、ポップに振り切ってみたり、自分以外の目線を意識したから実現した音像だ。
また、前述したEve原作・プロデュースの漫画『虚の記憶』で、主人公の九十九零はある日異形の者たちが目に見えるようになるのだが、それは、人の「心」が自我を持った姿であることが示唆されている。代表曲“ドラマツルギー”のMVなどでも、主人公をとりまく異形の者が登場するように、Eveにとっての他者は、異形や怪物として表現されることが多かった。他者という、自分とは価値観の違う、言葉の通じない、恐ろしい存在。それはずっと変わらないのかもしれない。しかし、今のEveは、かつて《“ワタシ”なんてないの/どこにだって居ないよ/ずっと僕は 何者にもなれないで》(“ドラマツルギー”)と心を閉ざしていたEveとは違う。他者と対峙して、自分が「何者」か、鏡に映すように見えてきているはずなのだ。
そんなEveの軌跡が詰まった『Smile』の次の一歩として、TVアニメ『呪術廻戦』の主題歌というテーマが与えられたのは、運命的だと思う。『呪術廻戦』は、人間が生む負の感情が実体化した「呪霊」を祓うため、自ら「呪い」を体内に宿した主人公=虎杖悠仁の闘いを描く物語だ。その物語にEveが書き下ろした“廻廻奇譚”は、複雑な構成を持つ1曲。スピード感溢れるイントロから、畳みかけるようなリリック、メロディアスなサビを駆け抜けたあと、急にダークな打ち込みパートが挿入されるのだ。何事もなかったかのようにメインメロディに戻ったあと、もう一度それは現れる。虎杖悠仁が体内に宿した呪霊=両面宿儺と入れ替わる瞬間を再現したような見事なアレンジである一方で、その二面性こそが、Eveが『呪術廻戦』の世界とリンクする重要なファクターになっている。
不格好に見えたかい
これが今の僕なんだ
何者にも成れないだけの屍だ 嗤えよ
目の前の全てから 逃げることさえやめた
(中略)
今はただ呪い呪われた僕の未来を創造して
走って 転んで 消えない痛み抱いては
世界が待ってる この一瞬を
(“廻廻奇譚”)
突き進んでいく主人公の生き様だけでなく、対照的な存在である「呪い」側にも共感できるのは、まさにEveならでは。“闇夜”の頃のように「がむしゃらにやってた」というより、閉ざしていた自分と開かれた自分、その両者を意識して、音楽で表現することに成功している。これまでの変化を経た「今」のEveと、『呪術廻戦』という作品が出会わなければ生まれなかった楽曲だ。さらに、『ジョゼと虎と魚たち』の予告映像で公開された新曲“蒼のワルツ”は、“廻廻奇譚”から一転、優しく壮大なバラード。閉ざされた自分の世界で生きる車椅子の少女=ジョゼが、大学生の恒夫と関わる中で変化していく物語は、Eveが他者と繋がって変化していった経緯そのものとも重なる。奇跡のような巡り合わせの中、さまざまな物語とシンクロすることで、Eve自身の物語もまた、新しいページをめくっていくに違いない。(後藤寛子)
『ROCKIN’ON JAPAN』2020年12月号 「JAPAN OPINION」記事より
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